「えぇーと、なになに。『酉の刻、酒に酔いしれ、泊瀬には、薄氷にみる、馬は沈むなり』うーん、何か少し暗い感じの歌ね……」

「確かにそんな感じよね。何か悲しいことでもあったのかしら?」

 古麻(こま)もその和歌を聞いてふと首を傾げる。

「あ、あと日付も書いてある。4月17日って……3日後だわ」

 それを聞いた椋毘登(くらひと)は、彼女の持っている木簡(もっかん)を急に取り上げてから、改めてその和歌を読む。

 そして急に何やらひどく考え込み出した。彼はどうも気になることがあるようだ。

「4月17日といえば確か……そ、そうか分かったぞ、この和歌の意味が!」

「え、椋毘登、一体どういうこと?」

 稚沙は不思議に思って、思わず彼にたずねた。

「3日後、俺の叔父の蘇我馬子(そがのうまこ)がここにくることになっている。しかもその日は泊まりがけなので、数人の親しい者達とで宴もするといっていた」

「あ、馬子様が来られるのは私も聞いてる。その日の食事の準備の手伝いをするよういわれていたから」

 稚沙はそう答える。これは先日他の女官から聞かされていた話だ。何分女官の経験の浅い彼女は、他の仕事も割りとさせられる事が多かった。

 この日、蘇我馬子は政の用で小墾田宮(おはりだのみや)にくる話しになっていた。しかも久々に会う人もいるようなので、小墾田宮の者に簡単な宴を用意して欲しいといっていたのだ。

「でも、それとこの和歌と何の関係が?」

 稚沙からそういわれて椋毘登は一瞬ためらうも、続けて話した。

「つまり、4月13日の夕暮れに酔いしれ、泊瀬川の冷たい水に馬が沈む。泊瀬川とは前の大王である泊瀬部大王(はつせべのおおきみ)のことで、馬とは蘇我馬子を意味する……」

 それを聞いた稚沙と古麻も、ようやくこの和歌の意味が分かってきたようで、思わず体を震わせた。

(ち、ちょっと、まって。それはつまり、この和歌が意味しているのは)

 椋毘登も流石に動揺を隠せないのか、少し木簡を持つ手を震わせる。

 そして彼は低めの声で、この和歌の本当の意味を話した。

「つまりこれは、誰かが前の大王であった泊瀬部大王の復讐のために行う。蘇我馬子の暗殺計画だ……」

 その瞬間、その場にいた3人は思わず言葉を失ってしまう。
 何と豪族でもっとも権力のある、あの蘇我馬子を殺す計画が、水面下で進んでいたのだ。