エドワード・エルガー作曲、愛の挨拶。
作曲家として大成する前の彼が、年上の女性と恋に落ち、周囲の反対を押し切って結婚を果たす。その際に彼女に贈った曲が、愛の挨拶だと言われている。
言わずもがな、愛を紡いだ曲である。
陸が言うように、恋や愛に鈍いとは自分では思っていないが、それでも恋愛経験が浅いことは認めざるを得ない。
今までに好きになった人はいたけれど、誰かと付き合ったことはないのだ。それもそのはず。そばにいたい、手を繋ぎたい、キスをしたい、だなんて思うほど、誰かのことを強く想ったことがないのだから。
「やっぱり不利なのかなぁ」
自室で一人ぽつんと呟きながら、動画サイトにアップされている音源を流していく。トランペットソロのものでなくても、同じ曲であれば曲想の参考にはなるのだ。
どの音源も綺麗だとは思うが、萌が思い出すのはなぜか駿介が吹いていたメロディーだった。
駿介の演奏と、プロの演奏の音源。そこにある違いはなんだろう。
考えてみても分からない。けれど、陸と電話していたときのことを思い出す。
あいつは得意なんじゃない? この曲。
その意味を理解するのが、なんとなくこわくて。でも考えなければいけない気がした。駿介の演奏が心に残る理由は、きっとそこにある。だとしたら、萌も理解しなければ。
翌日、朝いつものように迎えに来てくれた駿介に、挨拶もそこそこに萌は問いかけた。
「矢吹くんに質問があるんだけど、恋とか愛とかって分かる?」
「………………は?」
「待って、質問を変えるね。うーん……矢吹くんって好きな人、いる?」
駿介の目をじっと見つめ、首を傾げる。同じように駿介も萌の目を見つめているが、その瞳には困惑の色が浮かんでいる。
質問が唐突すぎたからだろう。さすがに説明が足りなさすぎた、と反省する。そしてソロコンテストのオーディション曲の曲想に悩んでいることを話そうとするが、その前に駿介が口を開いた。
「いるけど」
ドクン、と大きく胸がざわめいた。
「…………えっ」
「どうせ雨宮のことだから、曲のことで悩んで、愛だの恋だのいろいろ考えてるんだろ?」
正解。あまりにもドンピシャすぎて、何も言い返せない。
それよりも、駿介の萌に対する理解度が高すぎてびっくりしてしまう。よく分かるね、と絞り出した言葉に、まあずっと一緒にいるからな、と返ってくる。
中学一年生で知り合い、それからずっと同じ部活、同じパートで時間を共にしているから、駿介の言葉が理解できないわけではない。でも、萌は駿介の気持ちが分からないことばかりなので、やっぱり萌のことをよく理解してくれている駿介がすごいのだと思う。
それよりも、と萌は思わず考え込む。駿介に好きな人がいると聞いた瞬間、心が乱れたのはどうしてなのだろう。
萌にはまだはっきりと好きな人と呼べる相手がいないから、置いて行かれたような気分になった?
それとも、駿介に好きな人がいると分かり、寂しい気持ちになった?
どちらかと言えば後者かもしれない。だとすれば、と萌が考えの波に飲まれそうになったとき、目の前でひらひらと手を振られ、我に返る。
「あっ、ごめん、ぼーっとしちゃってた!」
「本当にな。電柱にぶつかりに行くかと思ったよ」
言われてひょいと手の向こうを覗き見れば、確かにそこには電柱が立っていた。どうやら駿介がぶつかる前に助けてくれたらしい。
恥ずかしい気持ちになりながら、ありがとう、と照れ笑いをこぼす。駿介も笑ってどういたしまして、と返してくれた。
「オーディションは明日だし、あんまり悩みすぎるなよ?」
考え込んでいたのは曲のことではなくて、駿介の好きな人のことなのだけど。でもそれを言うのはなんとなく憚られて、そうだね、と静かに頷いた。
作曲家として大成する前の彼が、年上の女性と恋に落ち、周囲の反対を押し切って結婚を果たす。その際に彼女に贈った曲が、愛の挨拶だと言われている。
言わずもがな、愛を紡いだ曲である。
陸が言うように、恋や愛に鈍いとは自分では思っていないが、それでも恋愛経験が浅いことは認めざるを得ない。
今までに好きになった人はいたけれど、誰かと付き合ったことはないのだ。それもそのはず。そばにいたい、手を繋ぎたい、キスをしたい、だなんて思うほど、誰かのことを強く想ったことがないのだから。
「やっぱり不利なのかなぁ」
自室で一人ぽつんと呟きながら、動画サイトにアップされている音源を流していく。トランペットソロのものでなくても、同じ曲であれば曲想の参考にはなるのだ。
どの音源も綺麗だとは思うが、萌が思い出すのはなぜか駿介が吹いていたメロディーだった。
駿介の演奏と、プロの演奏の音源。そこにある違いはなんだろう。
考えてみても分からない。けれど、陸と電話していたときのことを思い出す。
あいつは得意なんじゃない? この曲。
その意味を理解するのが、なんとなくこわくて。でも考えなければいけない気がした。駿介の演奏が心に残る理由は、きっとそこにある。だとしたら、萌も理解しなければ。
翌日、朝いつものように迎えに来てくれた駿介に、挨拶もそこそこに萌は問いかけた。
「矢吹くんに質問があるんだけど、恋とか愛とかって分かる?」
「………………は?」
「待って、質問を変えるね。うーん……矢吹くんって好きな人、いる?」
駿介の目をじっと見つめ、首を傾げる。同じように駿介も萌の目を見つめているが、その瞳には困惑の色が浮かんでいる。
質問が唐突すぎたからだろう。さすがに説明が足りなさすぎた、と反省する。そしてソロコンテストのオーディション曲の曲想に悩んでいることを話そうとするが、その前に駿介が口を開いた。
「いるけど」
ドクン、と大きく胸がざわめいた。
「…………えっ」
「どうせ雨宮のことだから、曲のことで悩んで、愛だの恋だのいろいろ考えてるんだろ?」
正解。あまりにもドンピシャすぎて、何も言い返せない。
それよりも、駿介の萌に対する理解度が高すぎてびっくりしてしまう。よく分かるね、と絞り出した言葉に、まあずっと一緒にいるからな、と返ってくる。
中学一年生で知り合い、それからずっと同じ部活、同じパートで時間を共にしているから、駿介の言葉が理解できないわけではない。でも、萌は駿介の気持ちが分からないことばかりなので、やっぱり萌のことをよく理解してくれている駿介がすごいのだと思う。
それよりも、と萌は思わず考え込む。駿介に好きな人がいると聞いた瞬間、心が乱れたのはどうしてなのだろう。
萌にはまだはっきりと好きな人と呼べる相手がいないから、置いて行かれたような気分になった?
それとも、駿介に好きな人がいると分かり、寂しい気持ちになった?
どちらかと言えば後者かもしれない。だとすれば、と萌が考えの波に飲まれそうになったとき、目の前でひらひらと手を振られ、我に返る。
「あっ、ごめん、ぼーっとしちゃってた!」
「本当にな。電柱にぶつかりに行くかと思ったよ」
言われてひょいと手の向こうを覗き見れば、確かにそこには電柱が立っていた。どうやら駿介がぶつかる前に助けてくれたらしい。
恥ずかしい気持ちになりながら、ありがとう、と照れ笑いをこぼす。駿介も笑ってどういたしまして、と返してくれた。
「オーディションは明日だし、あんまり悩みすぎるなよ?」
考え込んでいたのは曲のことではなくて、駿介の好きな人のことなのだけど。でもそれを言うのはなんとなく憚られて、そうだね、と静かに頷いた。