あれが蒼太だと納得はした。だがそれで以前と同じなのかと問えば、まったく違う。
腕も首も腰も、呆れるほど細く華奢になった。普通に女としてみても細過ぎるくらいだ。とても立ち回りが出来るとは思えない。
しかし本人はやれると言う。そこを信じるべきか、無茶な強がりだと疑うべきか、正直、飛田自身も迷っていた。
だが高山の件も切羽詰っており、手段は選べない。彼《ユキ》が出来ると言ったのだ、あとは信じるしかない。
*
ユキと飛田が連れ立つように店へ戻る。店の中では吟がもの言いたげな表情で客の相手をしていた。言いたいことはわからなくはないが、それこそ余計な世話だ、ユキも厨房に戻った。
それからしばらくは注文が立て込み、雑念も消えたかに見えたのだが、閉店時間を迎えたころ、ずっと黙って仕事をしていた吟が動く。時計の針が午前二時を差すと同時に、残る客に閉店だと告げて回り、カウンターに陣取る飛田にも、同じように看板だと迫った。当然飛田は不機嫌そうに吟を睨む。
「なんだよ俺まで追い出す気か?」
「誰でも同じです、もう閉店時間ですんで、お帰りください」
自分はユキの知り合い、友人枠だ、いてもいいだろうという飛田は言い返す、だが吟も譲らない。強い態度で閉店だと繰り返し、早々に会計を済まさせた。
「ありがとうございました」
「ぜんぜんありがたい顔してねえぞ、吟ちゃん」
「そんなことはないです、とにかく、閉店ですので、申し訳ないですがお帰りください」
「そう邪険にしなくてもいいだろうに、まったく……じゃあ風祭、また連絡する」
「おう、それまでにこっちも態勢作っとくわ」
「頼むぜ」
「お帰りください!」
なんだかんだと名残り惜しそうに話を続けようとする飛田を外へ押し出し、吟はピシャンと戸を閉める。いつも温和で人当たりの良い吟らしくない。
「どうした? なんや、機嫌悪いやないか」
声をかけても、吟は閉められた戸を見つめたまま、動かない。さらにどうかしたと訊ねると、吟はようやく振り向いた。やけに神妙な顔をしている。
「なんや?」
もう一度訊ねると、吟は何度か躊躇ってから、言い難そうに口を開いた。
「ユキさん、飛田さんとなにを話しはったんですか?」
「ぁ?」
「あの人が来るとろくなことはない、なにかまた頼まれごとでもされたんでしょう?」
やってやる必要はないですよと吟は言う。どうやら心配しているらしい。しかし、いきなりそう言われては面白くない。ユキは思い切り不機嫌になった。
「なんやいきなり」
「あの人の頼み事はだいたい厄介なんです、それはあなたやって、わかってるでしょう、今回は断ってください」
真顔で諭すようにそう言われると、ますます面白くない。それでは自分がか弱い娘のようではないか。たしかに、外見は女だが、それは見かけだけの話だ。多少落ちたとしても、そんじょそこらの男には負けない。
「お前、俺を疑っとるんか?」
「そうやないです……けど、そろそろユキさんも、自分が女性やということを、自覚したほうがええと思います」
「自覚してなんや? 結局おとなしくしとれと言いたいんやろ、ちゃうんか?」
追い詰めると吟は黙った。だがその表情は、そうだと肯定しているように見える。さすがに苛々してきた。
「はっきり言うたらどうなんや、言えんのやったら……っ」
「言えますよ! 言わさしてもらいますっ!」
そこで吟は、口出しするなと言いかけるユキの口を遮り、初めて怒鳴り返してきた。その真剣な表情を見て、ユキも思わず口を閉ざす。吟は本当に申し訳なさそうに、言い難そうに、言葉を選びながら話した。
「あなたは女性なんです、以前と同じつもりでいても違うんです、体の構造からして違う、女は男に敵わない……そら、並みの男やったらなんとかなるかもしれへんですけど、力のある男には通じんと思います」
「それで?」
「もう危険なことはせんと、そう約束してください」
「…………」
それまで一度も自分に逆らったことがなく、一度として何かを迫ることのなかった吟の言葉は、酷く重く感じた。それだけ本気なのだろう。
だがそこで頷くことは、ユキにとって自分を否定することに繋がる。なるほど見掛けは女性かもしれない、だが自分だ。ハンデがあるなら克服してみせる。それでなければ自分ではない。
「断る」
「ユキさん!」
「俺は俺や、変える気はない、文句があるならかかって来い、お前が勝ったら聞いたってもええで?」
「そんな……」
「なにが、力のないモンがなに言うても戯言やで」
言うことを聞かせたいなら力で来いと言ってやると、吟は黙り込んだ。だがその目には怯えも引っ込む気配も見えない。
「わかりました、勝負しましょう、俺が勝ったら、言うこと聞いてもらいます、そんでええですね?」
「おう、そっちこそ、ええんやな?」
「はい」
「ならついて来い」
腕も首も腰も、呆れるほど細く華奢になった。普通に女としてみても細過ぎるくらいだ。とても立ち回りが出来るとは思えない。
しかし本人はやれると言う。そこを信じるべきか、無茶な強がりだと疑うべきか、正直、飛田自身も迷っていた。
だが高山の件も切羽詰っており、手段は選べない。彼《ユキ》が出来ると言ったのだ、あとは信じるしかない。
*
ユキと飛田が連れ立つように店へ戻る。店の中では吟がもの言いたげな表情で客の相手をしていた。言いたいことはわからなくはないが、それこそ余計な世話だ、ユキも厨房に戻った。
それからしばらくは注文が立て込み、雑念も消えたかに見えたのだが、閉店時間を迎えたころ、ずっと黙って仕事をしていた吟が動く。時計の針が午前二時を差すと同時に、残る客に閉店だと告げて回り、カウンターに陣取る飛田にも、同じように看板だと迫った。当然飛田は不機嫌そうに吟を睨む。
「なんだよ俺まで追い出す気か?」
「誰でも同じです、もう閉店時間ですんで、お帰りください」
自分はユキの知り合い、友人枠だ、いてもいいだろうという飛田は言い返す、だが吟も譲らない。強い態度で閉店だと繰り返し、早々に会計を済まさせた。
「ありがとうございました」
「ぜんぜんありがたい顔してねえぞ、吟ちゃん」
「そんなことはないです、とにかく、閉店ですので、申し訳ないですがお帰りください」
「そう邪険にしなくてもいいだろうに、まったく……じゃあ風祭、また連絡する」
「おう、それまでにこっちも態勢作っとくわ」
「頼むぜ」
「お帰りください!」
なんだかんだと名残り惜しそうに話を続けようとする飛田を外へ押し出し、吟はピシャンと戸を閉める。いつも温和で人当たりの良い吟らしくない。
「どうした? なんや、機嫌悪いやないか」
声をかけても、吟は閉められた戸を見つめたまま、動かない。さらにどうかしたと訊ねると、吟はようやく振り向いた。やけに神妙な顔をしている。
「なんや?」
もう一度訊ねると、吟は何度か躊躇ってから、言い難そうに口を開いた。
「ユキさん、飛田さんとなにを話しはったんですか?」
「ぁ?」
「あの人が来るとろくなことはない、なにかまた頼まれごとでもされたんでしょう?」
やってやる必要はないですよと吟は言う。どうやら心配しているらしい。しかし、いきなりそう言われては面白くない。ユキは思い切り不機嫌になった。
「なんやいきなり」
「あの人の頼み事はだいたい厄介なんです、それはあなたやって、わかってるでしょう、今回は断ってください」
真顔で諭すようにそう言われると、ますます面白くない。それでは自分がか弱い娘のようではないか。たしかに、外見は女だが、それは見かけだけの話だ。多少落ちたとしても、そんじょそこらの男には負けない。
「お前、俺を疑っとるんか?」
「そうやないです……けど、そろそろユキさんも、自分が女性やということを、自覚したほうがええと思います」
「自覚してなんや? 結局おとなしくしとれと言いたいんやろ、ちゃうんか?」
追い詰めると吟は黙った。だがその表情は、そうだと肯定しているように見える。さすがに苛々してきた。
「はっきり言うたらどうなんや、言えんのやったら……っ」
「言えますよ! 言わさしてもらいますっ!」
そこで吟は、口出しするなと言いかけるユキの口を遮り、初めて怒鳴り返してきた。その真剣な表情を見て、ユキも思わず口を閉ざす。吟は本当に申し訳なさそうに、言い難そうに、言葉を選びながら話した。
「あなたは女性なんです、以前と同じつもりでいても違うんです、体の構造からして違う、女は男に敵わない……そら、並みの男やったらなんとかなるかもしれへんですけど、力のある男には通じんと思います」
「それで?」
「もう危険なことはせんと、そう約束してください」
「…………」
それまで一度も自分に逆らったことがなく、一度として何かを迫ることのなかった吟の言葉は、酷く重く感じた。それだけ本気なのだろう。
だがそこで頷くことは、ユキにとって自分を否定することに繋がる。なるほど見掛けは女性かもしれない、だが自分だ。ハンデがあるなら克服してみせる。それでなければ自分ではない。
「断る」
「ユキさん!」
「俺は俺や、変える気はない、文句があるならかかって来い、お前が勝ったら聞いたってもええで?」
「そんな……」
「なにが、力のないモンがなに言うても戯言やで」
言うことを聞かせたいなら力で来いと言ってやると、吟は黙り込んだ。だがその目には怯えも引っ込む気配も見えない。
「わかりました、勝負しましょう、俺が勝ったら、言うこと聞いてもらいます、そんでええですね?」
「おう、そっちこそ、ええんやな?」
「はい」
「ならついて来い」