始発のバスは、私たち以外にはスーツのおじさんひとりしか乗っていなかった。

いちばん後ろの席に並んで腰を下ろし、ぴったりと寄り添って手をつなぐ。

公共の場でこういうふうに密着していると不愉快に思う人もいるというのは分かっているけれど、今は人が少ないから特別にオーケーということにする。

黙ってふたり窓の外を見ながら、そういえば、と昔のことを思い出した。

中一で優海と付き合いはじめたとき、周りの大人は『三島のぼっちゃんがたぶらかされた』だとか、『やっぱりあの尻軽女の娘だね』だとか、ひそひそと私の陰口を言っていた。

それが嫌で、人前では優海と必要以上に近づいたりしたくないと彼に訴えたけれど、『別に悪いことしてるわけじゃないんだから凪沙が遠慮することない。堂々としてればいいんだよ』と笑い飛ばされた。

それ以来、優海は誰が見ていようと私の名前を大声で呼び、隙あらば手をつなぎ、ふざけて抱きつくようになった。

それは実は、私が口さがないことを言われないためのアピールであり予防線だったのだ。

そのことを、呆れ顔や嫌がるそぶりをしてみせながらも、私はずっと前から知っていた。

優海はいつでも優しくて、私を最優先にしてくれる。


バス停を三つ過ぎたところで降車ボタンを押した。

私たちが降り立ったのは、『霊園前』というバス停。

大きなお寺に付属する霊園が、目の前に広がっていた。

「あ、お供えするお花は? もしかして忘れてきた?」

急に思いついて訊ねると、優海が曲がり角の向こうを指差して、

「あっちに花屋さんあるんだ。いつもそこで買ってる」
「そうなんだ。でも、こんなに早くから開いてるかな」

優海が示した方向を見ながら言うと、優海が大きく頷いた。

「前来たときに、六時だったけど空いてたから、大丈夫だと思う」