今はもう誰も住んでいないぼろぼろの家の間にある、一メートル四方ほどの小さな空き地。私たちが目指していたのはここだ。

正確には、この空き地の真ん中にひっそりと立っている祠と、そこに祀られている苔むした縦長の石。通称、『龍神様の石』。

ここに住む漁師たちの船出の安全や人々たちの生活を守ってくれているありがたい神様が宿った石、と言い伝えられていて、今でもお年寄りを中心に信仰されている。

うちのおばあちゃんも例に洩れず、この石に毎週お参りしていたら龍神様に守っていただける、と頑なに信じている。

水を粗末に扱ったり、むやみに汚したりしたら、龍神様の怒りを買って罰が当たって目が腫れる。そんなことを言い聞かされて私は育った。


昔はいつもおばあちゃんと二人で来ていたけれど、最近おばあちゃんは足腰が弱くなって歩くのが大変になってきたから、ここ一、二年は私が一人でお参りすることにしている。

私は背負っていたリュックサックからおばあちゃんお手製の巾着袋を取り出した。

中には、おばあちゃんが用意してくれた、絹袋に入った生米と小瓶に入ったお酒。


まずは一礼してから、石にお酒を振りかける。

日本酒独特のにおいがつうんと鼻をつき、ふわりとあたりに広がった。

次に、石の前に置かれたお供え用の小皿にお米をさらさらと注ぐ。

それから手を合わせて拝む。

一連の動作はもうすっかり身についていて、何も考えなくても勝手に身体が動くほどだ。