太ももにボールを当てた後、爪先に当て、すぐボールが零れた。うーん、やっぱり難しいや。
転がったボールはさっきの男の人のところへ。
追い駆ける俺のために、ボールを拾ってくれた。
「ほら」泣き笑いを浮かべて手渡すお兄さんにサンキュ、と礼を告げる。どうして泣きそうな顔をしているのか、俺には分からない。
「お兄さんはサッカーしていたの? 折角だし、お兄さんもリフティングを見せて欲しいんだけど。この人より上手い?」
「ごめんな坊主、俺達。仕事中だから」
やんわり断られてしまった。
「いいじゃねえかよ」
どうせ、今は昼休みだし。寺島さんが肘で小突くけど、お兄さんはしかめっ面を作るばかり。サッカーをしたくないのかな? そんな表情をしている。
「そっか」じゃあいいや、俺は無理を言ってごめんと笑みを返す。
お兄さんは哀しそうに頬を崩すと、「お前はサッカーが好きなのか?」と質問してきた。うんっと頷き、毎日のように公園でサッカーをしていたと答える。
「試合ができなくても、親友と此処でよくリフティングの練習をしていたんだ。親友は凄くてさ。15分以上もリフティングを続けていられたんだ。
俺はぜーんぜん駄目だった。
めげずに練習をしていたら、いつかあいつを越えられるかもしれないけど……あいつも陰でこっそり練習しているしな」
「リフティング、か。お前、本当にサッカーが好きなんだな」
親友には負けるけどね、肩を竦めて俺はサッカーボールに目を落とす。
ほんっと……、あいつには負ける。あいつのサッカーへの情熱には。
お兄さんが俺から目を放した。
「そろそろ飯に行くぞ」
社会人の昼休みは短いのだから、片手を挙げて寺嶋さんに声を掛ける。
承諾する寺嶋さんは俺の頭に帽子をかぶせ、手を振ってきてくれた。俺も手を振り返す。
「坊主、ちゃんと練習するんだぞ」
「うん。ありがとう」
ばいばいと見送る俺に、「そういや名前は?」また此処でサッカーを教えてやるよ、寺嶋さんが体ごと振り返った。
後ろ歩きをしながら名前を聞いてくれる彼に、「健」俺は坂本健だよ、と頬を崩す。
すると興味無さそうに先を歩いていたお兄さんが足を止める。
寺嶋さんのように体ごと振り返り、零れんばかりに目を見開いてきた。
「坂本、健……おまえ、今、健って」
俺を見つめ、見つめて、まさかそんな、嘘だろ、いやでも似過ぎている。彼は完全に動揺を見せた。
そんなお兄さんに、寺嶋さんが「どうした? 遠藤」と声を掛ける。
俺もサッカーボールを滑り落としてしまう。
今、遠藤って言った? もしかして、いや、まさか。
だって遠藤なんて苗字、日本にはごまんと。
でも、そういえばお兄さんの面影は俺の知る遠藤に似ている気がする。
だから、無意識に聞いちまったんだ。
「お兄さん……、えんどう、遠藤学なの?」
その驚愕する表情は肯定を示した。
雰囲気も身形も変わっちまったけど、確かに俺の記憶の一部と目前の人物が合致する。
確信する。
こいつは遠藤学だ。
俺にとっては10日、こいつにとっては15年前、喧嘩しちまった親友・遠藤学なんだ。
まさかリーマンになってるなんてっ、こんな生真面目な奴になってるなんてっ。
お前、超スポーツ大好きのおちゃらけ人気者だったっていうのに。
将来はぜってぇチャラ男になるって思ってたのに、吃驚仰天だ。
お前はこんな風に変わったんだな。
15年経ったお前は、こんな風に……、俺、お前を怒らしちまったから……、なんて声を掛ければいいか分からないけど。