***
トウマさんと俺は、午後の講義が始まる前にその場で連絡先を交換した。
プロフィール欄に載っていたフルネームは「円藤燈真」。漢字で見る名前は、なんだかまた違った印象を受ける。
そのことを素直に伝えると、「ん、乃依くんは可愛いままだけどね」とあの調子で言われてしまい、俺はなんと返したらいいのか分からないまま俯くほかなかったのだけれど。
『今日って六コマ終わった後、予定ある?』
『ありません』
『俺もバイト休みだから、二人で飯行かない?』
『それってソフレ関係なくないですか?』
『俺は、もっと乃依くんのこと知りたい』
そんなやり取りを授業中の机の下でこっそり交わしたのち、大学のジム棟の前で待ち合わせをして、俺と燈真さんは近くのカフェで晩飯を食べた。
こんなんで足りるのだろうか、と聞きたくなるような量だったけれど、燈真さんはロコモコ丼を頬張りながら色んなことを質問してきた。
「へー、じゃあ地元は東北なんだ。兄弟とかいる?」
「いません。一人っ子です」
「あー、っぽいもんね。なんかそんな感じするわ」
傍から見たら、大学の先輩と後輩。あるいは、付き合う前のいい雰囲気の二人……というか、なんというか。そういう風に見えなくもないのかもしれない。
けれど実際のところは、「添い寝フレンド」なんていう曖昧な関係を結んだばかりの男同士だ。
「家まで送るよ」
「え、なんでですか」
「んー、ソフレとして?」
なんだそれ、とは思いつつも、すっかり燈真さんのペースに流されている自分がいる。カフェを出たあと、俺と燈真さんは地下鉄に乗り、俺が借りているアパートの階段を上っていた。
「別に俺、女子じゃないんで。送ったりとか、全然しなくてもいいですよ」
「はは、それくらい分かってる。俺がただ、もっと乃依くんのこと知りたいだけだよ」
悪い人じゃないけれど、すっごく「良い人」という感じでもなさそうだ。安易な気持ちでソフレに合意してしまったけれど、本当に良かったのだろうか。
そんな迷いが心の中に広がった瞬間、それを見透かしたように、燈真さんはドアの横の壁にぐっと拳を押しつけ、そっと俺の逃げ道を塞いできた。
「やっぱりやめようかなって、迷ってる?」
「……じゃ、若干」
「素直でよろしい。別に嫌ならナシでもいいよ。ただ」
「ただ?」
「せっかくなら、一晩お試しで寝るのもありなんじゃない?」
ものすごく語弊のある言い方だけれど、燈真さんが言っているのはあくまで「添い寝」の意味だ。俺が「えっ」と戸惑っていると、さらに距離を詰められた。
「今夜一緒に寝てみて、途中で無理って思ったら俺、帰るから」
「帰るって……電車がなかったら」
「漫喫とか、ファミレスとか。始発まで時間なんかいくらでも潰せるだろ」
なんでそこまで、と言いかけて、俺は大人しく鞄から鍵を取り出し、玄関のドアを開けた。
もう、こうなったらヤケクソだ。……いや、このヤケクソをこの前も発動した記憶が、なくもないのだけれど。
燈真さんのことを家に招き入れて、「適当に座ってください」なんて定型文しか出てこなかったのだけれど、燈真さんはそれを軽く流してテレビの正面に置かれたソファに座り、「乃依くんらしい部屋だね」と言った。
俺らしいってなんだろう、と思いながら冷蔵庫からチューハイに手が伸びる。
(――いや、缶を取る前にアルコールは変な空気になるかも)
そう一瞬頭を掠め、俺は慌てて炭酸水のペットボトルを掴み直した。
「あ、あの。着替えとか、どうしますか」
「ん?」
「お、お風呂入りますよね? そのあと、着るものが……」
俺がもじもじしながら言うと、燈真さんはしばしポカンとした顔で俺を見つめてから、ふっと微かに目を細めた。
「大丈夫。俺、着替えは一式持って来てるから」
「え、なんで」
「本当は、大学の後にジムに行こうと思ってたからさ。終わったらシャワー浴びて、着替えて帰るんだ。普段はね」
「あ、な、ならいいんですけど」
てか、そもそもこの人の体格に俺の服が合うわけなくない? と自分で心の中でツッコミを入れて恥ずかしくなっていると、燈真さんは上目遣いに俺を見つめて微笑んだ。
「てか、お風呂まで俺、居てもいいんだ。良かった」
「っ……」
俺が何気なく言った言葉の揚げ足を取るというか、ちょっと意地悪く言われて、返す言葉に詰まってしまう。
気まずさに耐え切れず、俺はばたばたと洗面所に向かい、タオルをひっつかんで「お先にどうぞ」とシャワーを促した。
***
「じゃあ、お試しってことで。乃依くん、どっち側が良い?」
「いつもは壁が目の前にあると、安心するんですけど」
「そっか。じゃあ、俺が後ろから壁になるね。おいで」
セミシングルのベッドで、なぜか正座している俺とあぐらをかいている燈真さん。お互いにシャワーも済ませて、なにこの構図? って感じではあるのだけれど……。
言われるがまま俺は壁側を向いて寝転がり、燈真さんがその背中側から腕を回すようにして横になった。枕は一つしかないけれど、燈真さんは自分の片腕を俺の首下に優しく差し入れ、もう片方の腕で体を引き寄せるように抱き込んでくる。
部屋の電気はすべて落としているけれど、カーテンから漏れる外の光で、室内には仄暗い明るさがあった。
「……眠れそう?」
「いや、ちょっと正直……落ち着かないです」
「あはは、そうだよね。ごめん。でも、無理しなくていいから」
「…………」
「安心して。変なことはしないよ。乃依くんが嫌がることは絶対にしない」
「そ、れは……燈真さんのこと、そこまでひどい人だとは思ってないですけど」
「でも、まだ俺に背中を預けきるのが怖いんでしょ」
耳元に落ちてくる低く落ち着いた声に、俺は思わず肩を小さくすくめた。
つむじのあたりにかかる温かい吐息。くすぐったいというより、胸の奥がキュッと締め付けられるように恥ずかしい。ロンT一枚にスウェットで、そんなに着込んでいるわけじゃないのに、首筋までうっすらと熱を帯びてくる。
「……燈真さんは、なんで俺なんですか。なんでソフレなんて面倒なことしてまで、俺に付き合うんですか」
「……他の男に、乃依くんの隣をとられるのが嫌だからかな」
「それって……」
「ただ、乃依くんが誰にも言えないままでいる空気感が、なんとなく放っておけなかっただけ」
軽々しく好きを連呼するわけではないのに、その声のトーンには不思議な説得力があった。背中に回された腕の力が、ほんの少しだけ強くなる。
「俺のこと信用できなくていい。ずっと好きにならなくていい。ただ、一人で抱え込みそうになった時に、頼れる便利な人間だと思ってもらえればそれでいいから」
「なっ……なんで、そこまで」
動揺で声が裏返る。
俺の心の奥底――「大切なものなど作らなくていい、期待して傷つくくらいなら最初から一人でいい」と頑なに鍵をかけていた冷たい部屋に、燈真さんは踏み込みすぎない絶妙な距離感で、ただ静かに寄り添おうとしてくる。
この人は俺の過去なんて何も知らないはずなのに。どうして、一番触れられたくない芯の部分をこんなふうに穏やかに包み込めるのだろう。
「俺、燈真さんのこと……ぶっちゃけ、まだ完全に信用しきれてないです。……本当は、自分のこういうところ、面倒くさいって思ってるし」
「面倒くさいなんて思わないよ。……それに、急いで信用してくれなくてもいい」
「都合よく利用するのも嫌です。そんなの、燈真さんに失礼だから……っ」
「失礼なんかじゃない。乃依くんがどれだけ警戒しても、俺が勝手にそばにいたいって思って選んでるんだから、気負わなくていいよ」
トン、と背中に燈真さんの額が預けられる。
「どうしてそんなに自分を守るようになったのか、本当は全部知りたい。でも、乃依くんが話したくなるまでは聞かない。……ただ、これだけは覚えておいて」
ぐ、と肩を抱き引き寄せられ、体を横に向けさせられた。
拒む間もなく、燈真さんの大きな手が俺の頬を包み込む。薄暗がりの中でもはっきりと分かるほど、真剣で、愛を孕んだ瞳が俺を見つめていた。
「乃依くんが自分を誰も愛さない諦めの中に閉じ込めるなら、俺はその外側から乃依くんを甘やかしてやる」
「……っ、燈真さん」
髪をすくように優しく撫でられ、すっと手の甲で頬の熱を拭われる。
ずっと冷たい暗闇の中に埋まっていた俺の心が、燈真さんの体温でじわじわと溶かされていく。
「乃依くんが思いっきり甘えて、泣いて、全部投げ出せるような男になるのが俺の目標。……焦らなくていいよ」
これって、ソフレの正解なんだろうか。正解なんて、分かるはずもないのだけれど。
だって俺は今まで、誰かを好きになったこともなければ、誰かを好きになろうとしたことだって一度もないのだから。「添い寝フレンド」だと頭では必死に理解しようとしているのに、こんなにも甘く絆されている自分に向かって、もう一人の自分がそっと顔を出して囁いてくる。
(――これ、まんまとオトされにかかってない?)
いや、好きにはならない。絶対にならない。
心の中で強くそう答えても、冷ややかな声で「本当に?」と言葉が跳ね返ってくる。俺はあふれそうになる感情をぐっ、と力任せに押し込めて、思考ごと「なかったこと」に蓋をした。
あの夜はお酒の勢いに任せて縋りつくことができたけれど、素のままの今、燈真さんの背中に自分から腕を回すことなんてどうしてもできない。
そんな俺の逡巡を見透かすように、燈真さんは優しくトントンと俺の背中を撫でてくれた。
「……こっちの手だけ、繋ぐのはいい?」
耳元に降ってきた甘い声に、俺は小さな二文字を返すのが精一杯だった。
そのまま、そっと指先を解きほぐすように絡め取られる。
――これが、俺と燈真さんの「ソフレ一日目」の話だ。
<続く>
トウマさんと俺は、午後の講義が始まる前にその場で連絡先を交換した。
プロフィール欄に載っていたフルネームは「円藤燈真」。漢字で見る名前は、なんだかまた違った印象を受ける。
そのことを素直に伝えると、「ん、乃依くんは可愛いままだけどね」とあの調子で言われてしまい、俺はなんと返したらいいのか分からないまま俯くほかなかったのだけれど。
『今日って六コマ終わった後、予定ある?』
『ありません』
『俺もバイト休みだから、二人で飯行かない?』
『それってソフレ関係なくないですか?』
『俺は、もっと乃依くんのこと知りたい』
そんなやり取りを授業中の机の下でこっそり交わしたのち、大学のジム棟の前で待ち合わせをして、俺と燈真さんは近くのカフェで晩飯を食べた。
こんなんで足りるのだろうか、と聞きたくなるような量だったけれど、燈真さんはロコモコ丼を頬張りながら色んなことを質問してきた。
「へー、じゃあ地元は東北なんだ。兄弟とかいる?」
「いません。一人っ子です」
「あー、っぽいもんね。なんかそんな感じするわ」
傍から見たら、大学の先輩と後輩。あるいは、付き合う前のいい雰囲気の二人……というか、なんというか。そういう風に見えなくもないのかもしれない。
けれど実際のところは、「添い寝フレンド」なんていう曖昧な関係を結んだばかりの男同士だ。
「家まで送るよ」
「え、なんでですか」
「んー、ソフレとして?」
なんだそれ、とは思いつつも、すっかり燈真さんのペースに流されている自分がいる。カフェを出たあと、俺と燈真さんは地下鉄に乗り、俺が借りているアパートの階段を上っていた。
「別に俺、女子じゃないんで。送ったりとか、全然しなくてもいいですよ」
「はは、それくらい分かってる。俺がただ、もっと乃依くんのこと知りたいだけだよ」
悪い人じゃないけれど、すっごく「良い人」という感じでもなさそうだ。安易な気持ちでソフレに合意してしまったけれど、本当に良かったのだろうか。
そんな迷いが心の中に広がった瞬間、それを見透かしたように、燈真さんはドアの横の壁にぐっと拳を押しつけ、そっと俺の逃げ道を塞いできた。
「やっぱりやめようかなって、迷ってる?」
「……じゃ、若干」
「素直でよろしい。別に嫌ならナシでもいいよ。ただ」
「ただ?」
「せっかくなら、一晩お試しで寝るのもありなんじゃない?」
ものすごく語弊のある言い方だけれど、燈真さんが言っているのはあくまで「添い寝」の意味だ。俺が「えっ」と戸惑っていると、さらに距離を詰められた。
「今夜一緒に寝てみて、途中で無理って思ったら俺、帰るから」
「帰るって……電車がなかったら」
「漫喫とか、ファミレスとか。始発まで時間なんかいくらでも潰せるだろ」
なんでそこまで、と言いかけて、俺は大人しく鞄から鍵を取り出し、玄関のドアを開けた。
もう、こうなったらヤケクソだ。……いや、このヤケクソをこの前も発動した記憶が、なくもないのだけれど。
燈真さんのことを家に招き入れて、「適当に座ってください」なんて定型文しか出てこなかったのだけれど、燈真さんはそれを軽く流してテレビの正面に置かれたソファに座り、「乃依くんらしい部屋だね」と言った。
俺らしいってなんだろう、と思いながら冷蔵庫からチューハイに手が伸びる。
(――いや、缶を取る前にアルコールは変な空気になるかも)
そう一瞬頭を掠め、俺は慌てて炭酸水のペットボトルを掴み直した。
「あ、あの。着替えとか、どうしますか」
「ん?」
「お、お風呂入りますよね? そのあと、着るものが……」
俺がもじもじしながら言うと、燈真さんはしばしポカンとした顔で俺を見つめてから、ふっと微かに目を細めた。
「大丈夫。俺、着替えは一式持って来てるから」
「え、なんで」
「本当は、大学の後にジムに行こうと思ってたからさ。終わったらシャワー浴びて、着替えて帰るんだ。普段はね」
「あ、な、ならいいんですけど」
てか、そもそもこの人の体格に俺の服が合うわけなくない? と自分で心の中でツッコミを入れて恥ずかしくなっていると、燈真さんは上目遣いに俺を見つめて微笑んだ。
「てか、お風呂まで俺、居てもいいんだ。良かった」
「っ……」
俺が何気なく言った言葉の揚げ足を取るというか、ちょっと意地悪く言われて、返す言葉に詰まってしまう。
気まずさに耐え切れず、俺はばたばたと洗面所に向かい、タオルをひっつかんで「お先にどうぞ」とシャワーを促した。
***
「じゃあ、お試しってことで。乃依くん、どっち側が良い?」
「いつもは壁が目の前にあると、安心するんですけど」
「そっか。じゃあ、俺が後ろから壁になるね。おいで」
セミシングルのベッドで、なぜか正座している俺とあぐらをかいている燈真さん。お互いにシャワーも済ませて、なにこの構図? って感じではあるのだけれど……。
言われるがまま俺は壁側を向いて寝転がり、燈真さんがその背中側から腕を回すようにして横になった。枕は一つしかないけれど、燈真さんは自分の片腕を俺の首下に優しく差し入れ、もう片方の腕で体を引き寄せるように抱き込んでくる。
部屋の電気はすべて落としているけれど、カーテンから漏れる外の光で、室内には仄暗い明るさがあった。
「……眠れそう?」
「いや、ちょっと正直……落ち着かないです」
「あはは、そうだよね。ごめん。でも、無理しなくていいから」
「…………」
「安心して。変なことはしないよ。乃依くんが嫌がることは絶対にしない」
「そ、れは……燈真さんのこと、そこまでひどい人だとは思ってないですけど」
「でも、まだ俺に背中を預けきるのが怖いんでしょ」
耳元に落ちてくる低く落ち着いた声に、俺は思わず肩を小さくすくめた。
つむじのあたりにかかる温かい吐息。くすぐったいというより、胸の奥がキュッと締め付けられるように恥ずかしい。ロンT一枚にスウェットで、そんなに着込んでいるわけじゃないのに、首筋までうっすらと熱を帯びてくる。
「……燈真さんは、なんで俺なんですか。なんでソフレなんて面倒なことしてまで、俺に付き合うんですか」
「……他の男に、乃依くんの隣をとられるのが嫌だからかな」
「それって……」
「ただ、乃依くんが誰にも言えないままでいる空気感が、なんとなく放っておけなかっただけ」
軽々しく好きを連呼するわけではないのに、その声のトーンには不思議な説得力があった。背中に回された腕の力が、ほんの少しだけ強くなる。
「俺のこと信用できなくていい。ずっと好きにならなくていい。ただ、一人で抱え込みそうになった時に、頼れる便利な人間だと思ってもらえればそれでいいから」
「なっ……なんで、そこまで」
動揺で声が裏返る。
俺の心の奥底――「大切なものなど作らなくていい、期待して傷つくくらいなら最初から一人でいい」と頑なに鍵をかけていた冷たい部屋に、燈真さんは踏み込みすぎない絶妙な距離感で、ただ静かに寄り添おうとしてくる。
この人は俺の過去なんて何も知らないはずなのに。どうして、一番触れられたくない芯の部分をこんなふうに穏やかに包み込めるのだろう。
「俺、燈真さんのこと……ぶっちゃけ、まだ完全に信用しきれてないです。……本当は、自分のこういうところ、面倒くさいって思ってるし」
「面倒くさいなんて思わないよ。……それに、急いで信用してくれなくてもいい」
「都合よく利用するのも嫌です。そんなの、燈真さんに失礼だから……っ」
「失礼なんかじゃない。乃依くんがどれだけ警戒しても、俺が勝手にそばにいたいって思って選んでるんだから、気負わなくていいよ」
トン、と背中に燈真さんの額が預けられる。
「どうしてそんなに自分を守るようになったのか、本当は全部知りたい。でも、乃依くんが話したくなるまでは聞かない。……ただ、これだけは覚えておいて」
ぐ、と肩を抱き引き寄せられ、体を横に向けさせられた。
拒む間もなく、燈真さんの大きな手が俺の頬を包み込む。薄暗がりの中でもはっきりと分かるほど、真剣で、愛を孕んだ瞳が俺を見つめていた。
「乃依くんが自分を誰も愛さない諦めの中に閉じ込めるなら、俺はその外側から乃依くんを甘やかしてやる」
「……っ、燈真さん」
髪をすくように優しく撫でられ、すっと手の甲で頬の熱を拭われる。
ずっと冷たい暗闇の中に埋まっていた俺の心が、燈真さんの体温でじわじわと溶かされていく。
「乃依くんが思いっきり甘えて、泣いて、全部投げ出せるような男になるのが俺の目標。……焦らなくていいよ」
これって、ソフレの正解なんだろうか。正解なんて、分かるはずもないのだけれど。
だって俺は今まで、誰かを好きになったこともなければ、誰かを好きになろうとしたことだって一度もないのだから。「添い寝フレンド」だと頭では必死に理解しようとしているのに、こんなにも甘く絆されている自分に向かって、もう一人の自分がそっと顔を出して囁いてくる。
(――これ、まんまとオトされにかかってない?)
いや、好きにはならない。絶対にならない。
心の中で強くそう答えても、冷ややかな声で「本当に?」と言葉が跳ね返ってくる。俺はあふれそうになる感情をぐっ、と力任せに押し込めて、思考ごと「なかったこと」に蓋をした。
あの夜はお酒の勢いに任せて縋りつくことができたけれど、素のままの今、燈真さんの背中に自分から腕を回すことなんてどうしてもできない。
そんな俺の逡巡を見透かすように、燈真さんは優しくトントンと俺の背中を撫でてくれた。
「……こっちの手だけ、繋ぐのはいい?」
耳元に降ってきた甘い声に、俺は小さな二文字を返すのが精一杯だった。
そのまま、そっと指先を解きほぐすように絡め取られる。
――これが、俺と燈真さんの「ソフレ一日目」の話だ。
<続く>



