はるうらら。というように『春』を表現する言葉はラ行が多い。
人に見られてはいけない恋文。たとえ見られても大丈夫な恋文。
青草が芽吹く。
日差しは温かく、締め切った部屋は太陽の匂いに満ち、窓の外の空は霞むように広い。
風はまだまだ肌寒く、服に迷う。
天気はあっという間に変わりやすく、昼晴れていた空も向こうの雲は急流に身を任せるままに通り過ぎ、いつの間にか空は灰色に移り変わる。
灰色雲の下で寒そうに人が歩いていく。髪が冷たそうになびいている。
ばたばたと旗を鳴らし、ぽつぽつ雨が落ちてくる。斜めに走るそれに人々は足を速める。
またある日は、広い空の遥か向こうで、雲の端が空に滲むように霞むように浮かんでいる。夕日を浴びたような煙った雲。あの雲がこちらに届くのはいつのことか。
またある日は、雲一つ無く、空は高く、澄んでいるように青く、けれど煙ったように遠くは白く、少し肌寒い風は心地よく、ずっと立っていると背が熱くなるほど日差しは温かい。
そんなはるうらら。恋するものが二人。
恋文~春風のいたずら~
『春うらら 恋という名の華が舞う』
寒く厳しい冬がようやく重い腰を上げて席を譲ろうかという今日この頃。風はまだまだ寒さを残すが日差しはとても温かく、上空遥か彼方に軽やかな春が舞い降りてきつつあるのが感じられる。
今日も私はいつものように小説片手に小学校の裏門を通り過ぎていた。ついに、とでも言うべきか先週おじさん予備軍と呼ばれるにふさわしい歳になってしまった私だが、やはり春の訪れは気持ちを浮き足立たせる。子供たちのはしゃぐ声は時としてうるさく感じられることもあるが、こんな日和の場合、それがとてもふさわしいように景色に収まってくれる。簡単に言ってしまえば、子供はそんなに嫌いでもないということ。時折甲高い声を上げ、子供たちは走っていく。中には礼儀正しく、ランドセルを揺らしてちょこっと頭を下げながら挨拶していく子供もいる。そういうものは大抵、連鎖反応となってドミノ倒しのようにお辞儀をしていく。それを無視できる者はきっと相当な偏屈に違いないだろうと私は思うのだ。
「おはよう」
自然とにこやかな笑顔にしてくれるのは無垢な魂の成せる技だろう。
自分にも確かにそのような時が流れていたのだと懐古するのではない。その流れに甘んじて影響を受けたいと思うのだ。
他人の子は可愛いというが、私ならきっと自分の子が一番可愛いと思うのだろう。皆の本音だってきっと同じはずだ。―――ここで確かなことが言えないのが残念であるが、その分、どの子にも均等に感情を向けられる。はずであるのだが、例外はどこにでもいる。
例えば、班長と思しき女の子が声をあげるのも無視し列から飛び出して校門に飛び込む者。彼はいつも校門の入り口で振り返り、私が見ていたのを確認すると得意げに笑ってまた走っていく。
または、遠慮など皆無の興味津々な目で私を見上げてくる者。彼女は時に私に声を掛けてくる。おもに、
「なにを読んでいるの?」
とか、
「読んでておもしろいの?」
とか、さらには、
「おじさん。読みながら歩いてると、あぶないよ」
などということまで言ってくる。そう、この子が初めて私におじさんと言った女の子で、私に自覚を促してくれた子なのだが、さすがに苦笑してしまった。やたらと背伸びしたがりのお嬢さんのようだ。
そして、彼。
前述した女の子と同じ班にいるらしいのだが―いるらしいというのは校門付近のせいか、さまざまな班がそこらじゅうでごった返すので判別が難しいのだ―、起き上がりこぼしのようにランドセルに振り回される子もいる騒がしい中で、彼はただもくもくと歩いている。実際、彼が笑ったところなど見たことがない。いつも無表情なのだ。
今日もちらりと睨み付けるような視線を私に寄こして、すぐに前に向き直ってしまった。彼は学校でもああなのだろうか。それとも、私にだけなのだろうか。・・・まあ、きっとそうなのだろうけど。彼から見れば私は毎朝すれ違う変なおじさん・・・かもしれない。けれども、周りの流れに流されないその姿勢が他の子にはない匂いを感じさせて私の注意を引いた。
他にもいろいろいる。やたら太った子。人目でいじめられっこと思われる子。もう一人前並みの背丈を持った子。分厚い眼鏡をしきりに直す子。男の子だか女の子だか分からない子。派手な洋服の子。ランドセルもぼろぼろの子から新品同様の子までと、人の様は様々だ。少し前までは冬でも半ズボンの子がいたものだが、さて今はお母様方も気を使っておられるようでそんな子はいなくなってしまった。
「おはようございまーす」
「おはよう」
そうそう、やたら整った顔の子もいるし、小さな子もいる。私は先生にでもなった気分で挨拶をしていた。
一団が途切れたところで小説に目を落とす。やがて道は通学路から剃れ、私は小説の世界に落ち着いて没頭していく。
これがここ数ヶ月変わらぬ私の朝の一風景である。ちなみに、数ヶ月、というのは、健康の為に車通勤をやめて歩いて会社に通うことにしたのは数ヶ月前からだからである。
仕事を終え、再び小学校の前に来るのは午後五時。時間を計算しておかしいと思う方。今は不況の世。仕事があればそれでよし。この歳にもなってそれで大丈夫かと心配してくれる気持ちは有難いが、あまり深く突っ込まないでいただきたい。そっとしておいてくれる方がその人の気持ちを考えることに至ることも有り得る、と。
まあ、そんな事はどうでもよろし。
日も長くなった夕方。心なし風が強く吹いている。あんなに暖かかった日差しはどこへやら、空はまだ薄っすら明るいものの裾を引きずりながら落ちていく太陽はまるで人がまだ外を歩いていることなど忘れてしまったようで、私は冷たさに身震いしながら家路を急いでいた。
帰り道、私の手は小説を持つことなくポケットに押し込まれている。話の続きは気になるが、とてもとても落ち着いて読んでいられないし、何よりあまりの冷たさに手が凍り付いてしまうからだ。急ぎ足になるのも無理は無かろう。
そんなわけで私は初め何を踏んだのか、いやそれよりも何かを踏んでしまったという事自体にとても驚いてしまった。
ぐにゃり・・・
とは言わなかった。なんだろう。がさり・・というか、ざしゅっ・・というか。兎に角、私はそっと足を上げた。と、そこには。
「・・・ごみ・・・?」
目が悪いわけではないが、腰を折って顔を近づける。
何か折り目が見えた。それさえ分かれば後は簡単だった。
ひょいと拾い上げ、無理やり押しつぶされた部分を折り目に沿ってきちんと正してみる。そうして判明したのは折鶴だった。薄暗い中にあってさえ浮き上がっているかのように見える綺麗な赤い鶴。
「何だこれ?」
きょろきょろとあたりを見渡す。当然といえば当然で人っ子一人いない。小学校の敷地に面してはいるが、校門付近でもないし、こんなところに落とすだろうか・・・。
ふと子供たちのはしゃぎぶりを思い出して、落とすな・・・、との結論に至った。ランドセルがまるで飛んでいってしまうのではないかと思うほど子供たちは跳ね回る。
きっと授業でか、休み時間にでも作ったのだろう。その子はそれを鞄にしまい、遊びながら帰っていった。ところが。友達とはしゃぎ、ぴょんと跳ねた。ランドセルが激しく揺れる。その拍子に、あわれ折鶴は道へ・・・・・・。
一度拾ってしまったごみを―たとえどんなに上手に折れていたとしても道端に落ちてしまった時点でそれはごみとなるのだ―再び戻す、つまり捨てるわけにもいかず、私は折鶴をポケットに入れた。それは無意識の行為だったのだが、普通のごみならば決して私は拾ったとしてもポケットにはしまわない。たまたま折鶴であったからなのだから、くれぐれも勘違いしてはいけない。
誰かの視線を感じたのはその直後だった。
こんなに日が伸びたのだ、いや暗くなろうとも子供は遊ぶもの。まだ誰かがいてもおかしくない。おかしいのはどこにいるのか分からないということ。
辺りをぐるりと見渡すと小学校の敷地内にその人物はいた。が、その人物に私は驚いた。
「あっ 君」
思わず声を掛けた私だが何を言うべきかは分かっていなかったと思う。いつも朝すれ違う彼。あの無表情な彼だったのだ。彼はだっと後ろへ向き直ると灯を消したように静まり返った校舎の向こうへと走っていってしまった。
彼は私の動向を見ていたのか? まさか。けれど、あの強いまなざしは一体・・・。
何はともあれ、無表情な彼が一瞬見せた表情は驚きと悔しさが入り混じったなんとも言えない表情だった。
さて翌日。
いつものように片手には小説。子供たちは勇気ある、もしくは礼儀正しい子の掛け声を先頭に元気の溢れすぎる挨拶をしていく。
「おはようございますっ」
私もそれに笑顔で応じる。
「おはよう」
そうしていつものようにあのグループもやってきた。
「おはようございます」
お嬢さんはいつもどおり、恐れ知らずである。
「おはよう」
私もいつもどおり笑顔で応じる。さて。
後ろに続く顔を見、心の中で立ち止まる。心の中で、というのはさすがに理性が働いたためである。立ち止まってはおかしいだろう・・・。
無表情・・・ある意味ではそうかもしれないが、その目つきの厳しさといったら。
昨夜姿を見られたことを恥じているのだろうか、それとも私が声を掛けても良いかどうか迷っていたのを見透かしてしまったのか。彼の場合、後者が正しくともおかしくはあるまい。彼は細めていた目をいっそう鋭く細め、私に声を掛けさせまいとするかのように、ふいっと正面に向き直った後も視線を緩ませることは無かった。
彼の横顔に紅い折鶴を机に置き去りにしたことを思い出す。何故か。理由があるとすればその鮮やかな色のせいだろう、私は昨夜その折鶴をゴミ箱に放り込まずに机の隅に置いてしまったのだ。さてそれが彼と関係があるのか? ・・・・・・とても私の考えが及ぶところではない。
考え事をしながらでも日々の日常をこなすことは造作も無いことで、あっという間に夕刻となる。いや、別に仕事風景を語らないことに意味はない。ただ単に話すほどもない、ということだ。私にとっては移り変わる季節だとか、心に残った一文だとかそういったものの方が重要だというだけで、・・・・・・薀蓄を垂れたいわけでは決して無い。
読書好きな私は何かものを考えるのが好きであり、簡単に言い換えれば空想好きなのである。そういうわけであの折鶴とあの少年が見せた反応のつながりを空想してみたのだが、いまいち納得のいく答えは出ぬまま帰路に着くこととなった。
・・・もしあの時、別の観点から折鶴を見たらば、これから展開する迷走に迷い込むことも無かっただろう。しかしそれは終わってみればの話。私の頭はそこに至るまで考えることはしなかったのだ。
さて、折鶴ごみの件から数日。日差し自体は徐々に、しかし確実に暖かさを増している反面、天気は変わりやすく日によっては冬に逆戻りしているかのように外気が冷たく風も強いときがある。アスファルトを濡らす雨のにおいがとても懐かしく思える。それに気づいたとき、春が来たなあと思うのだがしかし、いざ雨が降るとただ寒いだけで懐かしくも何ともない。といっても私の日常はまったく変わらない。子供たちも然り。
どんよりした空の下でしとしと雨が降る中、私は傘を片手に、雨に濡れないようにと少し脇を締めて小説を読み、子供たちはカラフルな傘を広げ、相変わらず元気に走り回り、無駄に水しぶきを散らす。・・・・・・雨の日の子供は少し嫌いかもしれない。
そして、彼。彼はあの日から変わったまま変わらない。
・・・文章が少し変かもしれないがつまりこういうことである。傘の下から厳しい目つきで私をちらりと見、そしてふいっと前をにらむのである。周りの子供たちが飛ばす水滴にもまったく無反応だ。・・・一体なんだというのだ・・・。
私はあれから彼の顔を見るたびにその理由について考えてみた。そうして思い浮かぶのはあの日の夕刻。踏んでしまった折鶴を拾い上げたあの時しか思い浮かばない。
彼はあそこでなにをしていたのだろう。何を見たから驚いたのだろう。どうしておどろいたのだろう。私がいたから驚いたのか。それとも、私が折鶴を拾っていたから、驚いた? どうして。・・・・・・。
考えればきりが無い。というか、私の考えの及ぶところではない、きっと。いや、それでは何も解決しない。別に解決しなくとも良いのだが、そこはそれ、春の魔力とでも言うべきか、些細なことに特別な物語を求めたくなるのだ。
一度広げて投げ出した空想をもう一度初めから広げ直す。
では折鶴を踏まれたからというのは? しかし、そもそもあれは彼のものだろうか。
仮に彼のものだとして、探していたのか? 折鶴を? わざわざ?
ありえなくも無いが、不自然である。よっぽど大切なものなら分かるが、折鶴では・・・。
いや、待てよ。
もしこれが特別な折鶴であれば、探し回っていたのも納得できる。しかし。
そう、しかしである。特別な折鶴とはなんであろう。
あの年代であれば、・・・・・・好きな子がくれたやつとか・・・?
在り得る。大いに在り得るではないか。かくいう私も幼い頃貰ったことがあるのだ。クラスの中で一番だと言われていた女の子からキーホルダーを貰ったのだ。家族で旅行に行ってきたとかで。もちろん大いに驚いた。そもそも彼女とは話しすらまともに交わしたことはなく、接点らしいものがまるでなかったからだ。それに加え彼女には他に好きな奴がいるという噂があり、その噂の奴もそれを認めていたのだから、まさかそんなことありえない! と否定して・・・・・そんな話ではなかった。話を戻そう。
彼がこの折鶴に何らかの執着があって、それを偶然にせよ踏んでしかも持って行ってしまおうとした―実際持って帰ったが―私に恨みを抱いたとする。返してくれというには恥じらいもある。・・・・・・うん、まあ悪くないのでは?
そうだとしたら私はとんでもない悪役となる。彼の目つきにも納得がいく。私がさらに考えるべきことは、ではどうやって彼に償うか、ということだが・・・・・・。
根拠も無いのに、彼に償う準備に余念の無い私だった。
『けれどそれは秘め事の恋 どのようにその想い伝えましょう・・・』
日曜日などとても久しぶりな気がする。私は散歩に出た。
冬眠から覚めるように、いろいろな仕方でひっきりなしに五感に訴えてくるこの景色。部屋は太陽の匂いに満ち、外では自然がにおい立つ。風が吹けば草の青臭さが届く、土も木も匂う。道路だって。そして目にも新鮮だ。植物が芽吹くこの時期、色鮮やかな自然色は凝り固まった頭をほぐしてくれる。深く息を吸えば爽やかな空気が体の隅々にいきわたることだろう。
小学校に向かってしまったのはただの日常の癖と、他に行くところが思いつかなかったというだけだが、そこで私は意外な人物とであった。彼ではない。彼女だ。
「あれ、おじさんだ」
ここでちょっと説明しよう。
私がいつも通り過ぎる裏門。実は壁になっているのは門のみで、門の壁から左右に緑の網フェンスが続いている。つまり中は丸見えということだ。私はいつも左手にまずはグランド、そして裏門、それから校舎というように小学校を眺めながら敷地に沿うように通り過ぎているのだが、門のあたりで右手に道路が延びている。つまりちょうどT字路になっているわけで、そちら側から門を通る小学生たちにとっては十字路ともなる状態である。それで今日は道を変えて裏門に直通する道を選んできてみた。正直どちらでも構わないのだ。そう大した差はない。なぜそちらの道を選んできているのか、といえば答えは簡単。いくら可愛くとも多すぎるものはうっとおし意というだけだ。ひよこも一匹なら可愛いが、箱で渡されてはうるさいだけだろう。つまりそういうことである。嫌いというのではなく、ただ集団はたちが悪いというだけだ。
おしゃまなお嬢さんが弾むように走り出てきたのはそのグランド側のフェンスの向こう。きゅっきゅと三つ編みにされたおさげが勢いよく揺れている。いやそんなことより、走り寄ってこられたことに正直驚いた。そこまで親しく思われていたということか、ただ単にそれが彼女の癖なのか。それを無視するほど私は廃れてはいない。
「やあ、こんにちは」
きらきら目を輝かせる彼女の後ろでもう一人女の子が歩み寄ってくる。
「二人で遊んでいるの?」
と聞くと、
「うん! ミッちゃんとお手紙出しに来たの! ねっ」
お嬢さんは相も変らぬ元気のよさでミッちゃんに同意を求める。ミッちゃんと呼ばれた友達はおそるおそる彼女の横に並んで小さく頷いた。お嬢さんとは違って内気な性格の持ち主らしい。
「今日はネクタイしてないの?」
目ざとくお嬢さんは私を指差す。
「ああ、そう。今日はお休みだからね」
そう、私はいつも背広を着ている。私の仕事はそういう類のものなのだ。どんなものであろうともあればそれでよし、がモットーの私がそんなきっちりとした仕事についているのは意外だろうか。別にそれをがんばって探したというわけではなく、勧められるままに流れに任せていたら背広を着ることになっていたというだけで、・・・こんなことを説明していると不満を言われそうだ。そう、ただ適切なときによい話が舞い込んできてそれに調子よく乗っかってしまっているだけなのだが・・・説明を加えてもさらに反感を買ってしまうだけかな。
そんなわけで今日はセーターにジーンズと、ラフな格好をしている。きょろっとお嬢さんは私の顔を覗き込んできた。
「あのね、聞きたい?」
聞いて! とお嬢さんの眼は輝いている。その要望に応えてあげよう。
「何?」
にっしと彼女は白い歯を見せて笑う。
「あのねあのね、この手紙ね、内緒の手紙なの。だからおじさんも秘密にしてね」
私に付けられた呼称に、密かに傷ついている自分にショックを受けながらも私は頷いた。内緒の話こそ聞いてもらいたい、喋りたいのである。友達のミッちゃんがうろたえて「いいの? いいの?」と袖をひっぱるのも気にせず、お嬢さんは話し始める。
「あのねあのね、そこの一番端っこの木の枝にね手紙を付けとくの。それでね、秘密の手紙の交換するの。楽しいよっ!」
彼女の内緒の話はごく短く簡潔で判りやすかった。がいして学校には木が植えられているが、この小学校でも例外ではなく、フェンス沿いに等間隔を置いて木が植えられている。お嬢さんが指差したのは一番奥に見える背の低い木。つまり今それが彼女たちの流行なのだろう。子供の頃は何かと秘密を作りたがるものだ。かくいう私も・・・・いや、私の話はいいのだ。
しかし、面白いものだ。私は以前どこかで読んだか聞いたかした話を思い出した。若い男女が二人、互いに恋をした。しかしそれは知られざる間柄。つまり人に知られてはいけない仲。それでも想い会う二人は互いの気持ちを確認するためにたびたび筆を取る。文にしたためた言葉はしかし当人にしか分からない秘密の言葉。たとえほかの人に見られても大丈夫なようにしたのだ。そうして二人は想いを通わせ、幸せに至る道を辿る、と。まったく同じとは言えないが、それでも思い出させるぐらいには似たところがあるのだ。そんなことを小学生が考えて実際に行っているのだ。面白いではないか。
得意げにお嬢さんは笑う。さすがお嬢さん! と言ってやりたい。
「おじさんもやる?」
大いに興味はあったがさすがに頷けない。代わりに聞いてみる。
「手紙はちゃんと届くの?」
「え?」
「風に飛ばされたりしない?」
お嬢さんはううんと首を振った。すると横でミッちゃんがあっ、と声を漏らした。
「でもね、サっちゃんね、なくしちゃったって言ってた」
ミッちゃんの指摘にお嬢さんは、
「うん」
と、素っ気無く頷く。
「“サッちゃん”?」
お嬢さんの代わりに興味を示してみる。腰を曲げ、視線を合わせてみる。しかしミッちゃんはあくまでお嬢さんの気を引きたかっただけらしい。それが達成できなかったうえに、余計な人が顔を出してきたのでミッちゃんはびくりと目を見開いて、口を閉ざした。
「なくしちゃったんだ?」
試しに聞いてみると、私の顔を戸惑いがちに凝視しながらもミッちゃんは頷いた。ふーん、と頷いていると、
「で、でもね、サッちゃんのじゃなくて、友達のなんだって・・・」
おや、反応が返ってきた。さらに突っ込んでみよう。
「その手紙は見つかったのかな?」
そう聞くと、ミッちゃんは困った顔で首を振り、おまけにお嬢さんの後ろへと下がってしまった。やり過ぎたか。変なおじさんと印象付けられてしまったかな。
「そうか、早く見つかると良いね」
私は勝手に感想を漏らし、背を伸ばした。
やはりこの季節、風は悪戯を起こす。・・・それはさておき“サッちゃん”というのは誰だろう? 友達かな? いや、それに間違いはないしわざわざ考えることでもないのだが、なにせこの陽気。些細なことにさえ意識がふわふわと浮かびだす。
お嬢さんはそこで何かを思い出したかのように、にししーっと悪戯っ子の笑みを浮かべた。
「あのねあのね、聞きたい?」
先ほどと同様の質問に加え、さっきよりもさらに目をきらきらさせる。“サッちゃん”はとりあえずおいて、要望に応えよう。
「何?」
すると、後ろを向き、なにやらがさがさと音を立て始める。ミッちゃんも笑顔を取り戻してお嬢さんの手元を見つめている。
「何だい、それは?」
覗こうとしたわけではないのだが、
「あっ、まだ見ちゃ駄目!」
大げさに言われ姿勢を正してしまった。そこではたとミッちゃんと目が合ったのだが、恥ずかしがり屋の彼女はすぐにお嬢さんの方に向き直ってしまった。
「はい、どうぞ」
くるりと向き直って彼女はメモらしきものを差し出してくる。やたらと折り目がついたそれに目を落とし、再び私は驚いた。
「好きな人がいるんだ?」
「うわあっ しーっしーっ!」
誰がいるわけでもないのにお嬢さんは大声で喚いた。うららかな静寂を破るその甲高い声に、ミッちゃんは両手で耳を塞ぐアクションをして抗議した。
「だって、おじさん言っちゃうんだもん」
ぷくっと頬を膨らませるお嬢さんにミッちゃんは非難のまなざしを向ける。
「あはは ごめん」
メモを返すと、まるで忘れていたかのようにお嬢さんは乱暴に受け取った。子供ってこんなもんだ。
「同じクラスなの?」
と聞くと、
「ううん、年上。でも内緒」
しっかり教えてから、秘密時の決まり言葉を言う。こういうことは大抵本人よりも、その周りに聞くほうが早い。メモを再び折りたたんでポケットにしまうお嬢さんのその隣で黙って見ていたミッちゃんが、ぷっと一人で吹き出した。
「何?」
聞くと今度は嬉しそうに笑ってミッちゃんは言った。
「あのねえ、アサコちゃんの好きな人はねえ」
「あっ! ミッちゃん!」
お嬢さんが叫んでミッちゃんを叩くまねをする。ミッちゃんはそこを素早く離れてあっという間に向こうへ行ってしまった。
「あのねえ、アサコちゃんのお、好きな人はあ」
「こら、ミッちゃん!」
先ほどの内気ぶりとは打って変わってミッちゃんは暴露しようと叫びながら逃げ惑う。二人の笑い声が校舎にこだまする。
「ミッちゃん、止まってってば!」
追いかけっこをしながら二人は校庭へといってしまった。ちょうどよい秘密晴らしにされてしまったかな。
しかし本当に驚いた。似たようなことをしていると思いきや、本当に同じことをしていた。まさか恋文とは・・・。やるなお嬢さん。
ん? ・・・・・・今、確かに何かを思いついたのだけど・・・・・・。
まあ、よい。お嬢さんの名前も知ったことだし。誤解のないように言っておくが私はその手の趣味の持ち主ではない。今はいないがかつては恋人だっていたし、手痛い傷に泣いたことだって・・・いやいや私の話ではなかった。しかし何せこんな陽気・・・・・・と、この説明もいい加減しつこいだろうか。しかし子供たちの遊ぶ姿はそんな心地よい記憶を思い出させてくれる。
件の一番端の木ではほどよく散らされた白いつぼみが小さく開いている。春の訪れをまず真っ先に告げるのは梅というイメージだがまさにその通り。今日も日向にいればぽかぽか暖かいし、日陰の中では風が冷たいという、なんとも言えない晴れやかな日である。私はゆっくりと深呼吸した。
まだ出しっぱなしにしているコタツに座り、私はペンを握ったままぼんやりと壁を見つめる。夜は時折寒い。さして面白くもないテレビは消してしまった。しんと静まり返った室内に外の音がぼんやりと届く。手元に用意したメモ帳にはまったく意味のない螺旋がぐちゃぐちゃと描かれている。私の思考そのものが描かれているといえよう。実際、彼への謝罪をどうすればよいか考えていた私は同じところをぐるぐる回るばかりで結局いつものように彼の鋭い視線に困惑し、取りとめも無い思考を玩ぶだけであった。
あの年代は微妙な年頃である。おそらく初めて抱く感情であろうし、私の無思慮な行為でそれを苦い思い出にしてしまうのは居たたまれない。ハッピーエンドにはならなくとも、せめて懐かしく思えるような位置において欲しいものである。しかし・・・・・・大事なものを見も知らぬ大人に踏み潰された時点でアウトか・・・。
考えた末に行き着く先はいつも同じであった。つまり、
『折鶴を返す』
である。
さらに、直接返されると互いに面映いだろうから彼に知られずに返す。謝罪文と一緒に。幸い、とでも言おうか、折鶴の損傷は復元できないことも無い。靴底の跡も消しゴムで消せるだろうし。・・・罪悪感も消しゴムで消えてしまえばいいのに・・・それは無理というものか。
そんな事を考えながら、折鶴を手にし、それを見つめ、そうして出発点に戻るのだ。
本当にこれは彼のものだろうか、と。いや、そもそもあれは本当に彼だったのだろうか、と。
そして記憶を確かめるのだ。彼が鋭い視線を向けてくるようになったこと。それはあの折鶴を拾った時からだということ。そしてもう一つの証拠として今も彼の視線は変わらないということ。その三つの点から、まず間違いなくあれは『彼』であり、この『折鶴』と『彼』は繋がっていると思われる。以上だ。
やることが決まれば迷うことは無い。例え私の予想が大外れだったとしても、変なおじさん、で終わるだろうし。問題は、いつ、それを実行するか、ということである。
靴箱に入れるということも考えたが、私は彼の名前すら知らない。彼に知られずに折鶴を返す・・・。簡単なようでかなり難しいその壁をどのようにして登るか。さてはて・・・・・・。
と、そこで、はたと私の頭の中に思い浮かんだ。いや、思い至ったというべきか。
そうと決まればあとは早い。早速謝罪文を書いて、そうだな封筒にでもしよう。彼が噂を嗅ぎつけてくれればいいのだが・・・・・・。
私はいそいそとペンを取り、どう書こうかと再び思考の波に彷徨い出るのであった。
『あなたに文をしたためましょう と彼は言いました 秘密の思いを秘密の文にして・・・・・・』
「赤い鶴?」
予想通りの反応に私は大きく頷く。今日も学校で遊んでいたお嬢さんとミッちゃんは私の話に目を丸くした。
「赤いツルが手紙をちゃんと届けてくれるの?」
「そう」
目を真ん丸くしてお互いを見つめる様がとても可愛らしい。
「ねえねえ、そのツル・・」
すかさず、
「赤い鶴」
と訂正する。
「赤いツル。どうすれば来てくれるの?」
興奮した様子でお嬢さんは聞いてくる。ミッちゃんの目にも心なしか力がこもっているように見える。粋を挫くようで悪い気はするが、それは仕方ない。
「さあ、そこまでは知らないけど・・・」
と言葉を濁すと、残念そうに二人揃ってため息をつかれてしまった。
「それじゃあ、だめじゃない」
ね、と顔を合わせる。
「でも」
と私は言い返す。
「赤い鶴がいること、知らなかったでしょう?」
「うん」
子供は素直だ。しかしこれだけでは意味が無い。
「皆もきっと知らないんじゃないかな」
思ったとおり、ぱあっとお嬢さんの顔が輝いた。
「学校に行くときに皆に教えてあげないとね」
「そうだね! うん!」
「間違えちゃ駄目だよ。白い鶴では駄目なんだ。赤い鶴でなきゃ」
「うん!」
元気よく頷くお嬢さんに私はにっこり笑った。
お嬢さんがよく働いてくれることはまず間違いないとして、さて、いつ頃仕掛けるか、だ。少なくとも一週間は見たほうがいいだろうか。簡単な暗号だから彼は必ず気づくだろうけど、万全を期すためにはやはり数日置いたほうがいいだろう。
折鶴事件―事件になっている・・・―からかれこれ二週間近く。大人の二週間と子供の二週間とでは時間の流れが違いすぎている。彼が忘れていなければいいなと心配する気持ちもあったが、それは無用の長物だった。彼の視線はあの日からまったく変わることなく私を鋭く睨んでいた。
良かったと思う反面、心苦しい気持ちになりながらも私はへこたれることなく、彼女からの合図を待っていた。そしてついにそれは訪れた。
いつものように挨拶をしながら子供たちは走り抜けていく。まるで空気をかき回しているかのように子供たちの後には涼しい風が生まれる。
「おはようございまあす」
やたら間延びした声はあのお嬢さんのものだった。いつもはきはきと喋っている彼女にしては珍しいなと思っていると、彼女はぱちぱちと幾度かあわただしく瞬きをして見せた。
それが合図である。きっと彼女は班員に話したのだろう。おそらくはおおっという声や、へえっという味気ない返事があったかもしれないが、彼女自身はそれで満足したのであろう。それで私に意味深な笑みでお礼を言っているのである。そう解釈しよう。
「おはよう」
いつものように挨拶を返すと、彼女は悪戯っ気いっぱいの笑顔を浮かべて取り繕ったように口を閉ざす。が、その不自然さといったらない。まあ、子供だからな・・・。それに何にも言ってないし。しかし、それが命取りだった。
ちらりと彼のほうを窺った私は自分の誤算に深く悔いた。
やはり彼は賢かったのだ。
彼はじっと私を見つめていた。驚いたように、そして睨みつけるように。
敏い彼はいまの微妙なやりとりで分かったのだろう。彼女の入れ知恵のもとが誰であるかを。彼はいつものようにすぐに前を向かなかった。それがさらに私の後悔に拍車を掛けた。
計画は失敗してしまった・・・。
子供たちの群れが遠ざかった後で、私はぱたりと小説を閉じた。とても読む気になどなれなかった。
言うまでも無く、その日も仕事は順調にこなしていた。自己嫌悪に陥るぐらいに普通に。けれど心は上の空であった。
私の計画では、それとなく彼が噂を聞き、その真意に気づき、謝罪の言葉と折鶴を元通り手にすることであった。それが・・・、よもや私の前でその真意に気づいてしまうことになるとは。
帰りはバスにしよう・・・。とりあえずその時考えられることはそのことのみであった。
「何?」
初めて言葉を交わす彼の第一声は不信感と苛立ちに満ちていた。一日考えて結局私は今日のうちに片してしまうことにしたのだ。ばれてしまった以上、これいじょう待つ必要はないし、第一彼だって落ち着かないだろう。思い足を引きずり徒歩で小学校へと来てみたらば彼が待ち構えていたわけだ。そして今、彼に連れられるままに校舎の横で向かい合っている。空は夕暮れ、風は冷たく、私はつとめて穏やかな物腰を心がけたが、怪しくならないようにも気をつけねばならなかった。
「私の勘違いかもしれないんだが、私は君のものを踏んでしまったかもしれない」
ぴくりと彼の眉が動いたが、口は真一文字に引かれたままである。私は言葉を続けた。
「ひょっとしたらとても大事なものだったかもしれないと思ってね」
そう言って封筒からあの日拾った赤い折鶴を取り出すと、彼は顔を崩した。
「直接言えばいいだろ! 何で、あんな遠まわしにすんだよ!」
いきり立つ彼に私はゆっくりと言い訳した。
「君に会えるのは朝のあの時間だし、あそこでは人目についてしまう。だから君にだけ分かるヒントを出して、確実に君に返そうかと思ったんだ。君たちが使っている独特の伝達方法を使わせてもらってね」
赤い鶴、なんて耳にも眼にも印象深い。まったく関係のない者にとってはただの噂でおわるが、当人にとってはそれだけでアプローチとなる。私の言い訳に、彼はぐっと言葉を飲み込む。どうやら有効打だったらしい。それにとても冷静だ。
が、そんな感心をしていると。
ばっ、と彼は私の手から折鶴を奪い取った。そして、
「こんなもん、別に大切でもなんでもないんだよ!」
喚く。
だったら、なぜあんな顔をしたのか、と聞くより早く、彼は続けた。
「あんな噂、どうして流したんだよ!」
そう自分で言った途端、彼ははっとする。
「あ、あんた、知ってたのか?」
窺うような焦った目。無表情だった彼がころころと表情を変えるのに興味深さを感じながらも、しかし私にはちんぷんかんぷんだった。
「何のことだい?」
と答える私に彼は、
「これだよ!」
と手にしたものを突き出す。それは今取り上げられた赤い折鶴。といっても私にはさっぱり見当が付かない。
「へ?」
まったく理解できないでいる私に彼は苛立たしげに言った。
「だから、俺が・・・さ、桜ちゃん・・・と、手紙の交換してるの、知ってたのかって聞いてんだよ」
何?
「手紙?」
聞き返す私にますます彼は顔をしかめる。先ほど彼を冷静だと判断したがそうでもないらしい。彼は言わなくてもいいようなことを話してしまっている。
「それは手紙なのかい?」
確かめる私の言葉で彼もようやくその点に気づいたのか、慌てて言った。
「別に、何も無いからね! ただ、俺んちで生まれた猫を桜ちゃんがもらっていったから、だからたまに様子知るために・・・。人に見られたりすんの嫌だから手紙にしようって言って、手紙ってわかんないようにしようって言って・・・、それで手紙はそこの木のとこに挟んでおいておくことにしたんだ・・・」
言い訳じみた説明はもごもごと口の中で途切れる。
そこでようやく私は理解したのだ。事の結論を。
硬派で恥ずかしがり屋の男の子。彼はある女の子と手紙の交換をしていた。名前を呼ぶだけで赤くなってしまう相手と。人に見られては恥ずかしいので、手紙を折鶴に化けさせて。
知ってか知らずか、朱に染め上がった頬を彼はしきりにこすり上げた。
「・・・それはその子からの手紙?」
意識せずとも優しい口調になった。彼は首を振った。
「・・・俺の。あの日風強かったから、飛ばされてないか心配で・・・」
私はあの日のことを思い出した。確かに少し風が強く、寒いな、と思って帰宅していたあの日。しかし、折鶴が飛ばされるほどではなかったと思うが・・・。彼の行動は彼の気持ちを表していた。
「そっか。悪いことしてしまったな」
私は素直に謝った。すると彼は同じように首を振った。私の空想はあながち的外れではなかったが、したことは一番恐れていたことだ。もっとも、すべて後の祭りだが。
「・・・もしかして、中、見た?」
「いやまさか」
と首を振ると彼はあからさまにほっとした。
「・・・俺、もう帰るね。ありがと」
社交辞令のようにぽつりとお礼を言って走り出そうとする彼を私は慌てて止めた。
「一つだけ」
駆け出していた足を止め、迷惑そうに彼は私を見上げる。
「手紙を折鶴にしようって決めたのはどっちだったの?」
「・・・何で?」
再起してきた警戒心を解こうと私は肩を軽くすくめた。
「ただなんとなく知りたいなって・・・」
彼は仏頂面で少し考える素振りを見せた後、短く、
「・・・俺」
と答えた。その答えに私はひょっとしたら感動したのかもしれない。
「私の不注意のせいだけど、赤い鶴はもう止した方が良いね」
彼はその忠告に、当然と言わんばかりにまた私を睨むと、くるっと後ろに転じて今度こそ走っていった。その背を見送り私は空を見上げた。
季節は春。夕暮れ時のサーモンピンクが溶け込むように広がる空は澄んだように雲ひとつ無い。こんな空の下、物語のような話が実際に子供たちの間で起きているのだから幸せじゃないか。
今、この時、この場所、この空間。いずれ彼らにとって思い出となるこれらの景色もその気持ちも、とても小さなものかもしれない。けれどその小さな恋の行方を、私は願わずにはいられなかった。小さくまっさらなこの恋物語。まるで梅の花のようにひらりと私の心に落ちて深く染み込んだ。
さて、余談ではあるが、お嬢さんの好きな人がひょんなことから分かった。単刀直入で言ってしまえば、ミッちゃんが密告をしてくれたのである。
ぽしょぽしょと息ばかりが耳をくすぐる中、ようやく聞き取れたのは、スガノ君、という単語。
「どんな人?」
と問うと、
「おじさんも知ってるよ」
可笑しそうに笑ってミッちゃんは言う。しかし、私の記憶にスガノという名の少年はいない。まったく分からないでいる私がよっぽど面白いのか、ミッちゃんは楽しそうに笑ってさらに言う。
「いっつも会ってるよ」
うん、本当、いい笑顔だ。
「ひょっとして・・・・・・、登校班、一緒かな?」
きらりとミッちゃんの目が光った。とそこへ、
「ミッちゃん!!」
お手洗いに行っていたお嬢さんが駆け足で戻ってきた。
「ひどいよ、内緒だって言ったのにい!!」
自ら進んでばらしたり、かと思えばばらされて本気でうろたえたり。繊細な気持ちと奔放な気持ちを持ち合わせる子供の心は複雑だ。本気で半べそをかくお嬢さんだが、ミッちゃんは涼しい顔で笑う。私はお嬢さんに言った。
「大丈夫だよ。おじさん口は硬いから」
すると、
「本当?」
心配な顔でお嬢さんは私の顔を覗き込む。
「うん」
できるだけ胡散臭くならないように気を配りつつ言ったつもりだが、果たして信用してくれるかどうか。と、
「でも、ミッちゃん、サっちゃんにも言っちゃった」
横で見ていたミッちゃんがてへっと笑顔つきでとんでもない告白をしてくれた。一瞬ぽかんとしたお嬢さんだったが、
「ひどい、ミッちゃん!」
両手をあげて講義するお嬢さんに対し、きゃははっと笑い声を上げてミッちゃんは逃げていく。意外と口軽いんだなあ・・・などとしみじみと思っているうちに二人はあっという間に校舎の中へ。
まあこちらの恋の行方はどうなるか・・・。もっとも“サッちゃん”が彼をどう思っているのかでことは決まってしまうけれども。
ミッちゃんの言う“サッちゃん”が彼の言う“桜ちゃん”だということはすぐに気づいた。友達の手紙をなくした“サッちゃん”。“桜ちゃん”に渡すはずの手紙を風に飛ばされた彼。同じ状況の事件はつまり一つの事件、ということだ。その後“桜ちゃん”、通称“サッちゃん”は無事、彼からの手紙を受け取ることが出来たのだろうか。
私は思い出し笑いをしてしまった。無表情な彼が真っ赤になりながら話してくれた“桜ちゃん”。やはり子供は純粋だなと思ってしまった。それよりなにより初めて聞いた彼の名前。
「スガノ君か」
声に出しておもわず苦笑する。なるほど。意外と彼はもてるのかもしれない。
さて彼らの恋はどうなることやら。私は一列に並んだ梅の木々を見ながら考えてみた。が、すぐにやめた。考えるのは野暮というもの。なぜならそれは誰も知ることの出来ない不可侵の世界。
今日も抜けるような青空と暖かい太陽と肌寒い風に包まれた良い日よりの日曜。ひらりひらりと、いつの間にやら散り始めた白い梅の花が風に乗って辺りに舞い散る。花びらの向こうで走り回る子供たちはなんと絵になることか。結果いかんに関わり無く、いつでも笑い声を聞かせてくれればいいなと思うのであり、また自分で自分をおじさん呼ばわりしてしまったことに自己嫌悪を抱いたりもしてしまうのであった。
『恋する者たちの言葉は誰にも知りえぬ不可侵の世界 彼らは心を通わせ思いを繋げ 晴れて共に進むなり』



