同じ日の違う記憶

『雅って、ホントずんぐりムックリだよねぇ!』
『分かる! 制服、パッツパツじゃん。隣にいると恥ずかしいんですけどぉ!』

 中学二年生の初夏だった。友達にそう言われたのは。
 いや、友達じゃない。向こうもそう思っていただろう。だって私は、入学当初からずっと体型イジリを受けてきたのだから。
 じゃあなんで、あの日の陰口を鮮明に覚えているのか。それは。

「あっ!」
 後ろから照らされる強い光に振り返ると、大きな車がゆっくり山道を走っている。バスだ。
 予想通り雪で遅れてたんだ! 間に合った!
 日暮れが迫っているのか灰色の空は黒寄りになっていて心までも黒に侵食され始めていたけど、そんな私をパッと優しく照らしてくれるバスの光。
 バスは走行がホントに遅く、走る私と並行していて、このままバス停まで付いていったら乗せてもらえそうだった。
 冬の天気は変わりやすく、真子の高校に向かっている時は青空だったのに、今は見る影もないぐらいに黒色が広がっている。
 雪なんて今さっきまで小粒な結晶がチラチラ降っていただけなのに、いきなり大きくなったかと思えば強風にのって私にぶつかってきて、視界は悪いし、体は持ってかれるし、全てがサイアク。
 傘を持って来ていないのは、私に計画性というものを持ち合わせてないから。大体、そんなのあったら私は今、知らない土地を走っていることなんてないし。
 バスの前方から光るライトのおかげで先が見えるけど、これ一人だったらどうなっていたのだろう。
 そんな間近のことばかり考えていて、肝心なことを失念していた。今乗ろうとしているのがバスだってことを。

 そうだ、真子がバスに乗るんだ。
 バスのヘッドライトが照らした先に傘を差し姿勢良く佇む姿が見え、ようやく気付いた。
 足は途端に止まり、こんな状況だというのにためらってしまう。
 どうしよう。真子が乗車した後に、そっと乗る?
 いや、電車じゃないんだから車両を変えるとか出来ないし、真子と同じ空間にいる気?
 私の顔なんか見たくないだろう。同じ空気なんか吸いたくないだろう。
 それが私のしたこと。分かってる。
 でも今バスに乗らないと、ヤバいことも分かってる。
 許しを蒙るように真子が居る方に目を向けると、バスのライトに照らされている真子の顔が見え、こっちに向けてスッと口角を上げた。

 ……あっ。
 バスが完全に止まる前にバス停と反対の方角に向かって走り出した私は、足を滑らせて膝から頭へと転んでしまった。
 頭がグラングランと揺れる。聞こえるのはヒュウウウという風の音だけで、「雅、大丈夫?」って声をかけてくれる人なんていない。だって。
 真子、笑って……た? 私を見て。


『だいたいさー、雅って完全に名前負けじゃん! 私なら、親恨むわぁ!』
『名前呼ぶたびに、笑い堪えるの必死だもん!』
 中学二年生だった、あの日。
 キャハハハと笑う声を背中に聞きながら、たった今登ってきた階段を降っていった。
 一瞬だったけど見えたよね? 悪口を言っている中に真子が居て、それで。
 あの日も私を……笑っていた。