『あなたに落ち度があったのではないですか? 普通の人はいじめなどしません。よく思い出してください』
不意に過ったのは、掲示板に書き込んであった一つのコメントだった。
そっか、そうゆうことだったんだ。
こんな私だから、雅からもみんなからも嫌われたんだね。
私は雅を守っていたんじゃない。自分の安心のために雅を側に居させただけ。雅は明らかにグループから抜けたがっていたのに、私が足枷になってた。ううん、全身を縛り付けていた。「友達」というズルい言葉を使って。
本当に雅が大切なら、酷いこと言わないでと怒る。
二人でグループを抜けることだって選択出来た。
あんな酷い悪口を言うような子たちから、即離れるべきだった。
私が守っていたのは雅じゃない。自分だったんだ。
「雅!」
鞄から取り出したスマホを操作してメッセージアプリを開き、三年半振りに雅のアカウントを探す。
久しぶりに開いたブロックリストにはもう見たくもない名前が並んでいて、胃が絞られる感覚がするけどスライドする指は止まらなかった。
あった!
待ち受けはウサギのぬいぐるみで、変わってないなとどこか心が綻んでいる自分がいる。
雅、私ね、あなたに謝らないといけないことがあるの。
私、私ね……。
ブロック解除ボタンに手を触れようとした時、耳にかけていた髪が落ちてきてふわっと揺れる。
あっ。
邪魔な髪を耳にかけてスマホに触れようとするけど、私は指を引っ込めてしまった。
……確かに私は最低なことをしたよ。だけど雅は、私を貶めるような嘘をついた。
尚美と真凛があのクラスで発言権があったことは見てたら分かっていただろうし、気に入らない子はとことん排除しようとする凶悪性も分かっていたよね?
雅は私が、イジメられるように誘導していたんじゃないの?
もう、やだ……。
雅がそんなことするわけない。出来るわけない。
そう否定できない自分が本当に嫌になる。
私は、自分で言うのも変だけど小さいころは純粋で、困っている子は放っておけなくて、相手の良いところを見つけることが出来る優しい性格だった。
中学の時も、歪んだ考えはなかった。雅に傘を渡して、本当のことを学校で話したら雅がイジメられるからと黙っていた。
クラス替えまでの我慢だと信じていたから。
三年生のクラス替えで、雅とも尚美と真凛とも離れられた。お母さんが、私がクラスでイジメに遭ってるようだと先生に相談してくれたからだった。
ずっと隠していたのに衝動的にやらかしてしまったことで、お母さんは私の心が壊れてしまったのだと気付いてくれた。学校を休もうと言ってくれた。
だけど私は通い続けた。
バカ真面目なんだよね私。真面目な子、真子。本当に名前通りで嫌になるよ。
視線に怯えることも、陰口に心がすり減ることも、男子に嫌な扱いをされて穢されていく感覚からも、ずっと耐えていた。
イジメによって失ったのは、中学生だった二年間、髪の毛、そして親友だった。
大丈夫、全て取り返せる。三年生になったら、前みたいな生活を取り戻して、また親友になりたいと思える子と出会って、髪は時間と共に伸びてくる。
そう思うことでバランスを取っていた。
だけど私の学校での扱いは変わらなかった。一度付いたイメージは変わってくれなかった。
元イジメられっ子と仲良くしてくれる子なんていなくて、私は完全な腫れ物扱い。下手に関わって、「イジメだ!」って騒がれたら面倒な私と友達になりたいと思ってくれる子なんているはずもなかった。
『誰も真子のことを知らない場所で、一からやり直そう』
お母さんが見せてくれたスマホには、名前だけは聞いたことのある山を越した先にある田舎の学校が映し出されていて、バスで四十五分かかる遠くの高校だった。
同じ中学で受験予定者がいないことを、お母さんは先生に再三確認してくれて、私はようやく髪を抜く癖を治すことが出来た。
入学が決まり、新たな環境で一からと思った。
周りは私を知らない人たちで、やり直せると思った。
でも山奥の田舎で高校進学するのは地元の子ばかりで、もうコミュニティは出来ていた。
私を嫌う人がいなければ良いじゃない。
自分を宥める辞書ばかり厚くなった私は、色々な言葉を使って自分に言い聞かせていた。
すると、そんな私に声をかけてくれる子たちがいてくれた。
奈々子と美希。二人は保育園からの幼馴染らしくて関係も絆も強いのに、私を入れてくれた。
見返りのない優しさ、純粋な二人がただ眩しかった。
大丈夫、私も取り戻せる。こんな心優しい二人と一緒に過ごしたら、笑い合っていたら。
だけど私は、二人を好きになればなるほど疑うようになった。
なんで私に声を掛けてくれたの? もしかしてドッキリでしたとか笑われたりとかしない? 私を嵌めるつもりじゃないよね? 二人で話している時、私の悪口言ってないよね?
そんな考えが私を黒く染めていく。
そんな時に雅と再会して、「ずっと後悔してた」って言われた。……もう遅いよ。
私が雅を待ち伏せた、あの雨の日。
私が友達の悪口を言っていたなんて、そんなデタラメを雅が言ったのかと問い詰めた時に、そう謝ってくれたら許してたよ。
そしたら私は、こんな私にならなかった。
雅が山里高校に来た日はこっちは大雪で、バスが運休になる可能性があると一人で帰っている時に気付いたのに、私は引き返してそれを教えに行かなかった。
それどころか、最終バスが運休になるお知らせを運転手さんが貼っているのを見て笑ってしまった。
バスのガラスに映し出された私の顔、すごかった。
マフラーで隠すぐらいに。
もしあのまま山に取り残されたままだったら、雅がスマホを忘れていたら、大惨事になるかもしれないと分かっていた。
雅はあの日、ローファーだった。滑り止めもない靴で雪道を降って崖から落ちていたら、どうする気だったの私?
実際に大雪でバスが運休し、歩いて帰ろうとした生徒が足を滑らせて崖から転落して大怪我をした。ウチの学校に伝わる、下手なホラーよりよっぽど怖いとされる実話だ。
気象によってバスは停まるし、大雨大雪暴風の日は山道は歩いてはいけない。
それは入学当初に必ず先生から説明と注意をされることで、知らなかったという主張は通らない。
イジメの経験によって、私の人格は明らかに歪んだ。
人を信じられず、穿った考え方になり、奈々子と美希を見ると取り返せない過去の自分を見ているみたいで苦しくて、ただ自分のこと嫌悪するようになった。
それって全て自業自得の結果なの?
私が全て悪かったの?
それが分からない私は、ようやく肩まで伸びてくれた髪を強く握る。
お母さんにイジメのことを知られた日、私は文房具のハサミで髪をめちゃくちゃに切っていた。
もう耐えられなかった。
クラスの女子たちの刺さる視線。全員による無視。性格悪いとか、男子に媚びてるとか陰口を叩かれて。その男子からは、思い出すと身の毛がよだつほどの悪質な嫌がらせを受けていた。
もう怖くて、一心不乱に切っていた。大切に伸ばしていた背中までの髪を。
女子として見られるのが、耐えられなかった。
相談の掲示板には「もう時効」、「晒せ」、「忘れて今を生きるべき」、「お前が悪い」などの書き込みに溢れている。
どれも合っているような間違っているような気がするけど、正解はあるのだろうか?
あるかもしれないし、ないかもしれない。
だけど、これだけは分かる。
答えは私の中にある。
不意に過ったのは、掲示板に書き込んであった一つのコメントだった。
そっか、そうゆうことだったんだ。
こんな私だから、雅からもみんなからも嫌われたんだね。
私は雅を守っていたんじゃない。自分の安心のために雅を側に居させただけ。雅は明らかにグループから抜けたがっていたのに、私が足枷になってた。ううん、全身を縛り付けていた。「友達」というズルい言葉を使って。
本当に雅が大切なら、酷いこと言わないでと怒る。
二人でグループを抜けることだって選択出来た。
あんな酷い悪口を言うような子たちから、即離れるべきだった。
私が守っていたのは雅じゃない。自分だったんだ。
「雅!」
鞄から取り出したスマホを操作してメッセージアプリを開き、三年半振りに雅のアカウントを探す。
久しぶりに開いたブロックリストにはもう見たくもない名前が並んでいて、胃が絞られる感覚がするけどスライドする指は止まらなかった。
あった!
待ち受けはウサギのぬいぐるみで、変わってないなとどこか心が綻んでいる自分がいる。
雅、私ね、あなたに謝らないといけないことがあるの。
私、私ね……。
ブロック解除ボタンに手を触れようとした時、耳にかけていた髪が落ちてきてふわっと揺れる。
あっ。
邪魔な髪を耳にかけてスマホに触れようとするけど、私は指を引っ込めてしまった。
……確かに私は最低なことをしたよ。だけど雅は、私を貶めるような嘘をついた。
尚美と真凛があのクラスで発言権があったことは見てたら分かっていただろうし、気に入らない子はとことん排除しようとする凶悪性も分かっていたよね?
雅は私が、イジメられるように誘導していたんじゃないの?
もう、やだ……。
雅がそんなことするわけない。出来るわけない。
そう否定できない自分が本当に嫌になる。
私は、自分で言うのも変だけど小さいころは純粋で、困っている子は放っておけなくて、相手の良いところを見つけることが出来る優しい性格だった。
中学の時も、歪んだ考えはなかった。雅に傘を渡して、本当のことを学校で話したら雅がイジメられるからと黙っていた。
クラス替えまでの我慢だと信じていたから。
三年生のクラス替えで、雅とも尚美と真凛とも離れられた。お母さんが、私がクラスでイジメに遭ってるようだと先生に相談してくれたからだった。
ずっと隠していたのに衝動的にやらかしてしまったことで、お母さんは私の心が壊れてしまったのだと気付いてくれた。学校を休もうと言ってくれた。
だけど私は通い続けた。
バカ真面目なんだよね私。真面目な子、真子。本当に名前通りで嫌になるよ。
視線に怯えることも、陰口に心がすり減ることも、男子に嫌な扱いをされて穢されていく感覚からも、ずっと耐えていた。
イジメによって失ったのは、中学生だった二年間、髪の毛、そして親友だった。
大丈夫、全て取り返せる。三年生になったら、前みたいな生活を取り戻して、また親友になりたいと思える子と出会って、髪は時間と共に伸びてくる。
そう思うことでバランスを取っていた。
だけど私の学校での扱いは変わらなかった。一度付いたイメージは変わってくれなかった。
元イジメられっ子と仲良くしてくれる子なんていなくて、私は完全な腫れ物扱い。下手に関わって、「イジメだ!」って騒がれたら面倒な私と友達になりたいと思ってくれる子なんているはずもなかった。
『誰も真子のことを知らない場所で、一からやり直そう』
お母さんが見せてくれたスマホには、名前だけは聞いたことのある山を越した先にある田舎の学校が映し出されていて、バスで四十五分かかる遠くの高校だった。
同じ中学で受験予定者がいないことを、お母さんは先生に再三確認してくれて、私はようやく髪を抜く癖を治すことが出来た。
入学が決まり、新たな環境で一からと思った。
周りは私を知らない人たちで、やり直せると思った。
でも山奥の田舎で高校進学するのは地元の子ばかりで、もうコミュニティは出来ていた。
私を嫌う人がいなければ良いじゃない。
自分を宥める辞書ばかり厚くなった私は、色々な言葉を使って自分に言い聞かせていた。
すると、そんな私に声をかけてくれる子たちがいてくれた。
奈々子と美希。二人は保育園からの幼馴染らしくて関係も絆も強いのに、私を入れてくれた。
見返りのない優しさ、純粋な二人がただ眩しかった。
大丈夫、私も取り戻せる。こんな心優しい二人と一緒に過ごしたら、笑い合っていたら。
だけど私は、二人を好きになればなるほど疑うようになった。
なんで私に声を掛けてくれたの? もしかしてドッキリでしたとか笑われたりとかしない? 私を嵌めるつもりじゃないよね? 二人で話している時、私の悪口言ってないよね?
そんな考えが私を黒く染めていく。
そんな時に雅と再会して、「ずっと後悔してた」って言われた。……もう遅いよ。
私が雅を待ち伏せた、あの雨の日。
私が友達の悪口を言っていたなんて、そんなデタラメを雅が言ったのかと問い詰めた時に、そう謝ってくれたら許してたよ。
そしたら私は、こんな私にならなかった。
雅が山里高校に来た日はこっちは大雪で、バスが運休になる可能性があると一人で帰っている時に気付いたのに、私は引き返してそれを教えに行かなかった。
それどころか、最終バスが運休になるお知らせを運転手さんが貼っているのを見て笑ってしまった。
バスのガラスに映し出された私の顔、すごかった。
マフラーで隠すぐらいに。
もしあのまま山に取り残されたままだったら、雅がスマホを忘れていたら、大惨事になるかもしれないと分かっていた。
雅はあの日、ローファーだった。滑り止めもない靴で雪道を降って崖から落ちていたら、どうする気だったの私?
実際に大雪でバスが運休し、歩いて帰ろうとした生徒が足を滑らせて崖から転落して大怪我をした。ウチの学校に伝わる、下手なホラーよりよっぽど怖いとされる実話だ。
気象によってバスは停まるし、大雨大雪暴風の日は山道は歩いてはいけない。
それは入学当初に必ず先生から説明と注意をされることで、知らなかったという主張は通らない。
イジメの経験によって、私の人格は明らかに歪んだ。
人を信じられず、穿った考え方になり、奈々子と美希を見ると取り返せない過去の自分を見ているみたいで苦しくて、ただ自分のこと嫌悪するようになった。
それって全て自業自得の結果なの?
私が全て悪かったの?
それが分からない私は、ようやく肩まで伸びてくれた髪を強く握る。
お母さんにイジメのことを知られた日、私は文房具のハサミで髪をめちゃくちゃに切っていた。
もう耐えられなかった。
クラスの女子たちの刺さる視線。全員による無視。性格悪いとか、男子に媚びてるとか陰口を叩かれて。その男子からは、思い出すと身の毛がよだつほどの悪質な嫌がらせを受けていた。
もう怖くて、一心不乱に切っていた。大切に伸ばしていた背中までの髪を。
女子として見られるのが、耐えられなかった。
相談の掲示板には「もう時効」、「晒せ」、「忘れて今を生きるべき」、「お前が悪い」などの書き込みに溢れている。
どれも合っているような間違っているような気がするけど、正解はあるのだろうか?
あるかもしれないし、ないかもしれない。
だけど、これだけは分かる。
答えは私の中にある。



