夕陽に照らされた歩道橋の屋根は光を吸収して、夕方だというのに明るい。
もう通学路でもないから来る必要もないのに、今日は家近くのバス停まで乗れたから来る必要もないのに、私は今ここに立っている。
小中学の通学路、雅と笑いながら毎日歩いた。
あの日、雅に気持ちの全てをぶつけて、理由を聞いたら私は許せていたのだろうか?
今考えても、やっぱり理由は分からない。雅がそうゆうことを面白がって言う性格じゃないことは分かってる。
じゃあ、どうして? 私は親友だって信じてたのに!
小学三年生で同じクラスになったあなた。いつも俯いていて、いつも一人だった。
私も積極的な性格じゃないけど、勇気を出して声をかけた。放っておけなかったと言えば、良い子ちゃんぶってるとか言われるんだろうけど。
一緒に校外学習を回って、雅と少しずつ話すようになって、四人グループは五人グループになった。
優しいから好き。一緒にいて楽しい。
そんな感覚だけで仲良くする子を選べる。
そんなことが当たり前だったあの頃が、一番楽しかったんだろうな。
五年生になると色々なことが変わった。
二年ごとのクラス替えで、友達三人とは違うクラスになった。
私たちが通っていた北小学校は、進学先が北中学校と南中学校の二区に分けられていて、それも踏まえたクラス編成が通例だから仕方がなかったと知ったのは、もう少し後のこと。
五年二組の教室に入ると、一瞬でその空気感が違うことに気付いた。
殆どの子が既にスマホを持っているみたいで、SNSについて話が盛り上がっていて、推しについて盛り上がっていて、ドラマに出てくる子みたいなイマドキの服装をしていた。
四年生から五年生に変わっただけで、いきなりみんな変わっていくものかと戸惑ったけど、それは違う。
今までいたクラスが流行りに興味ない子が多かっただけで、クラスが変われば人も変わる。それだけだった。
席に座ると後ろから、「ダッサ」と笑い声が聞こえた。
お気に入りの水色のカーディガンとピンクの膝上スカートを履いてきたけど、それではダメみたい。
このままではクラスで浮く。誰に教えてもらったわけでもないけど察した。
だからお母さんのスマホを借りて色々調べて、五年生らしく白や黒をメインにして、眉を整えて、色付きリップを塗って、好きな水色やピンクの服は封印した。
するとみんなの見る目は変わって、普通に話してもらえるようになった。
『んでさー、ババアがマジでウゼェの!』
『ホント、なーんで大人って、あんなにくだらなくなるんだろうね?』
聞きたくない親の悪口が聞こえる。
別に私だって、お母さんとかお父さんに不満とかないわけじゃないし、何でも聞き分ける良い子ではない。
だけどウザいとか、くだらないとまで思ってないよ。
もし思っても、そんなこと口に出すことはしたくないな。
『そうそう、真子聞いてよー。こないだ言ってたお父さんの買い食いの件。とうとうお母さんにバレちゃったの!』
雅の話に、心が洗われていく。
なんてことない家族の話、面白かったドラマや漫画の話。
そこには流行りなんて一切なく他の女子に言ったら引かれるほどの、ほのぼのとしたもの。
殺伐とした教室で、可愛く咲く一輪の花みたいな子だった。
みんなに笑われてることに気付いて落ち込んでたけど、服装とか髪型とか変えたら自信が出たみたいで良かった。
俯いてる顔なんて可愛くないよ。
雅はいつも「私なんか何もない」って言うけど、優しいし、可愛いし、場を和ませてくれて、常に周りを見ていて気遣いも出来る。
雅のホワンとした感じは気質だけだと思っていたけど、実は空気を読んでいたと気付いたのはこの時だった。
私がピリッとした顔をしていたから、笑わそうとしてくれたんだよね?
前に一回、悪口とか聞くとこっちまで気持ちが暗くなるねと話したから、晴れやかにしようとしてくれた。
ねえ、雅。私は、あなたと一緒にいたい。
周りが変わっていっても、あなただけは変わらないでね。
このままの雅でいて、このままの二人でいたい。
だけど、そんな希みは叶わなかった。
『ねえねえ、真子ってSNSやってる?』
中学生になって、すぐだった。同じクラスになった雅と話していると、クラスの女子二人、尚美と真凛が話しかけてきたのは。
『あれ、バズってたよね! 真子は見たよね?』
それから二人は、私たちの元に来て話をしてくるようになった。
だけど私に向かってだけで、二人には雅が見えないのかと、本気で疑うほどだった。
会話の主導権は完全に二人で、私たち二人だけの、ほのぼのとした時間は登下校時だけになった。
二年生のクラス表を見て、力が抜けた。
また四人で同じクラスだなんて。
私がいない時、尚美と真凛は雅に直接嫌なことを言ってる。二人は上手く隠しているつもりみたいだけど、分かりきってた。
だから私は、絶対に雅から離れない。
仲間外れにもさせないし、グループから追い出されないようにする。私が雅を守る。そう決めていたから。
『テスト終わったらモール行かない?』
『三人でねっ!』
雅に当番の仕事を押し付けていた真凛は、三人になったタイミングでそう誘ってきた。
友達に用事を頼んでおいて、その子を除け者にして遊びに行く話とかするんだ。
怒り、悲しみ、そして恐怖が身体中を巡った。
雅がいない三人?
一体何について話したら良いの? 会話のテンポ速すぎてついていけないし。
それにどうせ他の子を見て、似合ってないとか、可愛くないと悪口言うんでしょ? ……そんな二人と同類だなんて思われたくない。
『……あ。雅にも声を掛けてくるね』
返事を保留にして、教室から飛び出していた。
雅に肩入れすると尚美も真凛も機嫌が悪くなるから、雅が一人になる分には手伝わないようにしていた。
だけど、今は。
『手伝うよ!』
雅の前に立ってノートを半分取り横を歩くと、引き攣った顔をしていた。
後で二人に嫌味言われるのだろうとか考えているようで、こっちまで不自然な笑顔しか作れなくなっていく。
『そうそう、中間テストが終わったらモール行かない?』
『えっ? うん、行く行く!』
『じゃあ、雅も行くって言っとくね』
二人じゃないんだ?
やっと笑ってくれた雅の下がっていく口角に、そう言われたような気がした。
ズルいよね? 言葉足らずな誘い方して、断れない方向に持っていくなんて。
『何でアイツまで誘うことになってんの!』
あっ。
教室に戻ると二人は隠すこともなく話していて、知ってほしくない悪口を聞かせてしまった。
何も悪くない雅がそっと立ち去ろうとしていて、咄嗟に手を掴んでいた。
『ただいま!』
『あ、あ……、おかえり』
『雅もモール行くからね』
『そっか』
明らかに見せる、ガッカリとした態度。
だけど私は、雅をグループから追い出させたりはしない。
大丈夫だよ、絶対に私が守るから。絶対に。
だけど。
『みんなでモールいくの、私やめとくね』
『え、ちょっと待って! なんで?』
みんなでモールに行く三日前だった。雅がそう謝ってきたのは。
『あー、実はお小遣いヤバくてさぁー』
何をしていたのか覚えてないけど、私は呆然としてしまって、雅はやたら地面ばかりを見て目が泳いでいた。
嘘、ついてるよね?
『大丈夫、お金貸すから』
『そんなこと出来ないよ!』
何言ってんの、私? 友達同士でお金の貸し借りなんて出来るわけないし、雅だって困ってるじゃない。
でも、私は止まらなかった。
『ねえ、雅。大丈夫だから。私はずっと側にいるし、ぜったい雅を一人になんかしないよ。だから、だからさ。みんなで仲良くしようよ! みんなで遊びに行こうよ!』
それが雅との最後のやり取りだった。
もう通学路でもないから来る必要もないのに、今日は家近くのバス停まで乗れたから来る必要もないのに、私は今ここに立っている。
小中学の通学路、雅と笑いながら毎日歩いた。
あの日、雅に気持ちの全てをぶつけて、理由を聞いたら私は許せていたのだろうか?
今考えても、やっぱり理由は分からない。雅がそうゆうことを面白がって言う性格じゃないことは分かってる。
じゃあ、どうして? 私は親友だって信じてたのに!
小学三年生で同じクラスになったあなた。いつも俯いていて、いつも一人だった。
私も積極的な性格じゃないけど、勇気を出して声をかけた。放っておけなかったと言えば、良い子ちゃんぶってるとか言われるんだろうけど。
一緒に校外学習を回って、雅と少しずつ話すようになって、四人グループは五人グループになった。
優しいから好き。一緒にいて楽しい。
そんな感覚だけで仲良くする子を選べる。
そんなことが当たり前だったあの頃が、一番楽しかったんだろうな。
五年生になると色々なことが変わった。
二年ごとのクラス替えで、友達三人とは違うクラスになった。
私たちが通っていた北小学校は、進学先が北中学校と南中学校の二区に分けられていて、それも踏まえたクラス編成が通例だから仕方がなかったと知ったのは、もう少し後のこと。
五年二組の教室に入ると、一瞬でその空気感が違うことに気付いた。
殆どの子が既にスマホを持っているみたいで、SNSについて話が盛り上がっていて、推しについて盛り上がっていて、ドラマに出てくる子みたいなイマドキの服装をしていた。
四年生から五年生に変わっただけで、いきなりみんな変わっていくものかと戸惑ったけど、それは違う。
今までいたクラスが流行りに興味ない子が多かっただけで、クラスが変われば人も変わる。それだけだった。
席に座ると後ろから、「ダッサ」と笑い声が聞こえた。
お気に入りの水色のカーディガンとピンクの膝上スカートを履いてきたけど、それではダメみたい。
このままではクラスで浮く。誰に教えてもらったわけでもないけど察した。
だからお母さんのスマホを借りて色々調べて、五年生らしく白や黒をメインにして、眉を整えて、色付きリップを塗って、好きな水色やピンクの服は封印した。
するとみんなの見る目は変わって、普通に話してもらえるようになった。
『んでさー、ババアがマジでウゼェの!』
『ホント、なーんで大人って、あんなにくだらなくなるんだろうね?』
聞きたくない親の悪口が聞こえる。
別に私だって、お母さんとかお父さんに不満とかないわけじゃないし、何でも聞き分ける良い子ではない。
だけどウザいとか、くだらないとまで思ってないよ。
もし思っても、そんなこと口に出すことはしたくないな。
『そうそう、真子聞いてよー。こないだ言ってたお父さんの買い食いの件。とうとうお母さんにバレちゃったの!』
雅の話に、心が洗われていく。
なんてことない家族の話、面白かったドラマや漫画の話。
そこには流行りなんて一切なく他の女子に言ったら引かれるほどの、ほのぼのとしたもの。
殺伐とした教室で、可愛く咲く一輪の花みたいな子だった。
みんなに笑われてることに気付いて落ち込んでたけど、服装とか髪型とか変えたら自信が出たみたいで良かった。
俯いてる顔なんて可愛くないよ。
雅はいつも「私なんか何もない」って言うけど、優しいし、可愛いし、場を和ませてくれて、常に周りを見ていて気遣いも出来る。
雅のホワンとした感じは気質だけだと思っていたけど、実は空気を読んでいたと気付いたのはこの時だった。
私がピリッとした顔をしていたから、笑わそうとしてくれたんだよね?
前に一回、悪口とか聞くとこっちまで気持ちが暗くなるねと話したから、晴れやかにしようとしてくれた。
ねえ、雅。私は、あなたと一緒にいたい。
周りが変わっていっても、あなただけは変わらないでね。
このままの雅でいて、このままの二人でいたい。
だけど、そんな希みは叶わなかった。
『ねえねえ、真子ってSNSやってる?』
中学生になって、すぐだった。同じクラスになった雅と話していると、クラスの女子二人、尚美と真凛が話しかけてきたのは。
『あれ、バズってたよね! 真子は見たよね?』
それから二人は、私たちの元に来て話をしてくるようになった。
だけど私に向かってだけで、二人には雅が見えないのかと、本気で疑うほどだった。
会話の主導権は完全に二人で、私たち二人だけの、ほのぼのとした時間は登下校時だけになった。
二年生のクラス表を見て、力が抜けた。
また四人で同じクラスだなんて。
私がいない時、尚美と真凛は雅に直接嫌なことを言ってる。二人は上手く隠しているつもりみたいだけど、分かりきってた。
だから私は、絶対に雅から離れない。
仲間外れにもさせないし、グループから追い出されないようにする。私が雅を守る。そう決めていたから。
『テスト終わったらモール行かない?』
『三人でねっ!』
雅に当番の仕事を押し付けていた真凛は、三人になったタイミングでそう誘ってきた。
友達に用事を頼んでおいて、その子を除け者にして遊びに行く話とかするんだ。
怒り、悲しみ、そして恐怖が身体中を巡った。
雅がいない三人?
一体何について話したら良いの? 会話のテンポ速すぎてついていけないし。
それにどうせ他の子を見て、似合ってないとか、可愛くないと悪口言うんでしょ? ……そんな二人と同類だなんて思われたくない。
『……あ。雅にも声を掛けてくるね』
返事を保留にして、教室から飛び出していた。
雅に肩入れすると尚美も真凛も機嫌が悪くなるから、雅が一人になる分には手伝わないようにしていた。
だけど、今は。
『手伝うよ!』
雅の前に立ってノートを半分取り横を歩くと、引き攣った顔をしていた。
後で二人に嫌味言われるのだろうとか考えているようで、こっちまで不自然な笑顔しか作れなくなっていく。
『そうそう、中間テストが終わったらモール行かない?』
『えっ? うん、行く行く!』
『じゃあ、雅も行くって言っとくね』
二人じゃないんだ?
やっと笑ってくれた雅の下がっていく口角に、そう言われたような気がした。
ズルいよね? 言葉足らずな誘い方して、断れない方向に持っていくなんて。
『何でアイツまで誘うことになってんの!』
あっ。
教室に戻ると二人は隠すこともなく話していて、知ってほしくない悪口を聞かせてしまった。
何も悪くない雅がそっと立ち去ろうとしていて、咄嗟に手を掴んでいた。
『ただいま!』
『あ、あ……、おかえり』
『雅もモール行くからね』
『そっか』
明らかに見せる、ガッカリとした態度。
だけど私は、雅をグループから追い出させたりはしない。
大丈夫だよ、絶対に私が守るから。絶対に。
だけど。
『みんなでモールいくの、私やめとくね』
『え、ちょっと待って! なんで?』
みんなでモールに行く三日前だった。雅がそう謝ってきたのは。
『あー、実はお小遣いヤバくてさぁー』
何をしていたのか覚えてないけど、私は呆然としてしまって、雅はやたら地面ばかりを見て目が泳いでいた。
嘘、ついてるよね?
『大丈夫、お金貸すから』
『そんなこと出来ないよ!』
何言ってんの、私? 友達同士でお金の貸し借りなんて出来るわけないし、雅だって困ってるじゃない。
でも、私は止まらなかった。
『ねえ、雅。大丈夫だから。私はずっと側にいるし、ぜったい雅を一人になんかしないよ。だから、だからさ。みんなで仲良くしようよ! みんなで遊びに行こうよ!』
それが雅との最後のやり取りだった。



