*
結局、あのあと私は眠気に負け、蓮さんの肩を借りて眠りについていた。
あんなにも明けてほしくないと思っていた夜はあっさりと明け、目が覚めたときには日が昇っていた。
つまり、知らないうちにタイムリミットは過ぎていた。
――おはようございます。
蓮さんは嫌な顔をせず、私に優しく声をかけてくれたのを、今でも覚えている。あの、残酷な優しさを。
好きな人と私を重ねていたのかもしれないけど。それでも、あのとき蓮さんと出会えたから。
――そうやって前を向く女性、僕は素敵だと思います。
蓮さんの言葉を背骨にして、何度も前を向いた。
たとえあれが、私に向けた言葉ではないとしても、蓮さんにより素敵だと思ってもらえるように、私は今日まで走って来た。ひたすら走ることで、蓮さんへの思いを忘れてしまいたかったのかもしれない。
「……ねえ、由綺」
「んー?」
手を止めていた私と違い、本の整理を進めていた由綺は、間延びした返事をした。
「……これ、やっちゃおうか」
私は由綺に線香花火を見せる。すると、由綺は喜ぶより先に、驚いた表情を浮かべた。
「え、いいの?」
大事なものでしょ?と言いたげな反応に、つい笑みがこぼれる。この子は本当に、よく私を見ている。
「……いいの」
大切だけど。大切だから。
最後に、綺麗に咲いてほしい。その姿を、この目に焼き付けておきたい。
それに、いつまでも想い人がいる彼を、心に棲まわせるわけにはいかない。
「じゃあ、頑張って片付けしないとだね」
そんな私の気持ちすらも汲み取ったのかわからないけれど、由綺は明るい声で言った。
これでいい。
これで私は、本当に前を向くことができる。前に、進むことができる。
そう思って線香花火を靴箱の上に置くと、由綺の作業を手伝うためにその場を離れた。
由綺が鼻歌を歌いながら手を動かしている姿を見ていると、私も線香花火をするのが楽しみになってくる。由綺を呼んでよかったと、改めて思った。
それからすっかり日が傾いてから、私たちは近所のスーパーに向かった。そこでマッチとロウソクを入手し、アパートの駐車場の端に移動する。
由綺と並んで、線香花火に火を灯した。
だけど、私の線香花火はすぐに火が消えていった。あの日と同じように、火がついたことに気付かなかったかのように。
「姉ちゃん、下手すぎない?」
それを見て、由綺はケラケラと笑う。
「う、うるさいな」
私は不機嫌さを醸し出しながら言いつつ、内心、焦っていた。なんだか、あの夜が繰り返されているようで。
新しい花火に変えると、もう一度火をつける。
今度はぱちぱちと火花を散らし、綺麗に咲いた。私は由綺に気付かれないように、安堵のため息をつく。
まだ落ちないで。いつまでも、咲いていて。美しく、咲き誇れ。
「わ、綺麗……」
由綺が呟く声を聞きながら、私はその花を見つめる。
あの日、蓮さんに出会えてよかった。この花火を見つけてよかった。
線香花火が咲かない夜、私は貴方に恋をした。そして、失恋した。
こんなにも苦しいのなら、会わなければよかったと思う瞬間もあったけれど。
貴方を知らないでいた私を、私は好きになれなかっただろうから。
だから、ありがとう。
そして、さようなら。
静かに萎んでいった火球を見つめながら、胸の奥で静かに別れを告げた。
結局、あのあと私は眠気に負け、蓮さんの肩を借りて眠りについていた。
あんなにも明けてほしくないと思っていた夜はあっさりと明け、目が覚めたときには日が昇っていた。
つまり、知らないうちにタイムリミットは過ぎていた。
――おはようございます。
蓮さんは嫌な顔をせず、私に優しく声をかけてくれたのを、今でも覚えている。あの、残酷な優しさを。
好きな人と私を重ねていたのかもしれないけど。それでも、あのとき蓮さんと出会えたから。
――そうやって前を向く女性、僕は素敵だと思います。
蓮さんの言葉を背骨にして、何度も前を向いた。
たとえあれが、私に向けた言葉ではないとしても、蓮さんにより素敵だと思ってもらえるように、私は今日まで走って来た。ひたすら走ることで、蓮さんへの思いを忘れてしまいたかったのかもしれない。
「……ねえ、由綺」
「んー?」
手を止めていた私と違い、本の整理を進めていた由綺は、間延びした返事をした。
「……これ、やっちゃおうか」
私は由綺に線香花火を見せる。すると、由綺は喜ぶより先に、驚いた表情を浮かべた。
「え、いいの?」
大事なものでしょ?と言いたげな反応に、つい笑みがこぼれる。この子は本当に、よく私を見ている。
「……いいの」
大切だけど。大切だから。
最後に、綺麗に咲いてほしい。その姿を、この目に焼き付けておきたい。
それに、いつまでも想い人がいる彼を、心に棲まわせるわけにはいかない。
「じゃあ、頑張って片付けしないとだね」
そんな私の気持ちすらも汲み取ったのかわからないけれど、由綺は明るい声で言った。
これでいい。
これで私は、本当に前を向くことができる。前に、進むことができる。
そう思って線香花火を靴箱の上に置くと、由綺の作業を手伝うためにその場を離れた。
由綺が鼻歌を歌いながら手を動かしている姿を見ていると、私も線香花火をするのが楽しみになってくる。由綺を呼んでよかったと、改めて思った。
それからすっかり日が傾いてから、私たちは近所のスーパーに向かった。そこでマッチとロウソクを入手し、アパートの駐車場の端に移動する。
由綺と並んで、線香花火に火を灯した。
だけど、私の線香花火はすぐに火が消えていった。あの日と同じように、火がついたことに気付かなかったかのように。
「姉ちゃん、下手すぎない?」
それを見て、由綺はケラケラと笑う。
「う、うるさいな」
私は不機嫌さを醸し出しながら言いつつ、内心、焦っていた。なんだか、あの夜が繰り返されているようで。
新しい花火に変えると、もう一度火をつける。
今度はぱちぱちと火花を散らし、綺麗に咲いた。私は由綺に気付かれないように、安堵のため息をつく。
まだ落ちないで。いつまでも、咲いていて。美しく、咲き誇れ。
「わ、綺麗……」
由綺が呟く声を聞きながら、私はその花を見つめる。
あの日、蓮さんに出会えてよかった。この花火を見つけてよかった。
線香花火が咲かない夜、私は貴方に恋をした。そして、失恋した。
こんなにも苦しいのなら、会わなければよかったと思う瞬間もあったけれど。
貴方を知らないでいた私を、私は好きになれなかっただろうから。
だから、ありがとう。
そして、さようなら。
静かに萎んでいった火球を見つめながら、胸の奥で静かに別れを告げた。



