「これ、線香花火?」
 寒さも和らぎ始めた、ある昼のこと。
 この春、私は前にいた土地に戻るため、引っ越しの準備をしていた。その手伝いに来てくれた妹の由綺(ゆき)が、玄関の片付けをする手を止めて言った。その手には、懐かしい物が握られている。
 三本だけ減った、使いかけの線香花火だ。
 二つ並んで静かに火花を散らす、美しい姿。刹那的なその光景と、あのときの胸の高鳴りは、線香花火が咲いたように今でも胸で火を灯している。忘れたくない、一夜の記憶。
「……夏にちょっとね」
 姉妹で話すには気恥ずかしく、私は特別なことなんてないように装い、その線香花火から目を逸らす。
「ふーん……これ、捨てる?」
 由綺がそう言った途端、心臓が跳ねた。
 特別なことなんてないように振る舞ったけれど、それは賛成できない。だいたい、そんな簡単に捨てられるものなら、私はとっくにそれを捨てている。
 私があんな反応をしたことで、あの線香花火が他人の手で捨てられるなんて。
 それなら、私が自分で。
「あ、そうだ。今日やらない? ちょっと季節外れだけど、ありじゃない?」
 由綺の弾んだ声を聞いて、私はその手から線香花火を奪った。そのせいで、由綺は目を丸くしている。その目には、いい歳して花火を妹に譲れない姉が写っただろうか。
 だけど、そんなふうに思われる程度でこの線香花火が手元に残るのなら、それでもいい。
「えっと……勝手なこと言ってごめんね」
 きっと聞きたいことはあるだろう。だけど、由綺は笑って流し、作業を再開した。
 使いかけの線香花火。これを買ったのは、この町に来て初めて終電を逃したときのことだ。
 私は手中に収まる線香花火を見つめ、あの夜を反芻した。