「ん……」

 重たい瞼を持ち上げて、ベッドの上で知らず眠っていたことに気づく。ぐわんと一瞬揺れた視界の中で時計を見ると、時刻は午後十時過ぎ。

「わ、いけない!」

 慌てて身体を起こし、ベッドから飛び降りる。もうこんな時間!? 私、一時間以上眠りこけたのか……。疲れが溜まってうたた寝してしまうことはよくあるけれど、夜のこの時間帯に眠ってしまうなんて、ものすごく時間の無駄遣いをした気分だ。
 せっかくなら、趣味の時間に使いたかった。
 身体を休めることよりも、自分の時間が失われたことがショックだ。
 バタバタと自室を出て祖母の部屋をノックする。

「おばあちゃん、まだ起きてる?」

 返事がないので部屋の扉を勝手に開けさせてもらう。部屋の中では布団の上で目を閉じる祖母の姿があった。

「もう、また掛け布団被らないで……」

 というか、掛け布団の上で寝てるじゃん。

「はあ」

 ため息を吐きながら、なんとか祖母の身体を持ち上げて下敷きになっていた掛け布団を、祖母の身体の上に掛ける。こんなところで無駄な労力を使わせないでほしい。心の中で悪態をつきながらも、さっきまでの寝方で祖母が風邪を引いていないか、ちょっぴり心配だった。

「そうだ、買い物行かなきゃ!」

 祖母の部屋を後にしたところで、気づく。
 冷蔵庫の中をもう一度確認して、足りない食品を思い浮かべる。ダッシュで支度をして家を飛び出した。制服から私服へと着替えるのを忘れていたことに、気づかないまま。


 夜十一時に閉店するスーパーに滑り込んだのは、午後十時四十五分のこと。スーパーの陳列は大体把握しているので、急いで必要なものをカゴに投入していく。もうほとんど無意識に、あれこれとメニューを考えもせずにレギュラー食材たちをどんどん手に取った。この時間だと値下げされている商品も多く、その辺はちょっぴりラッキーだった。

「ふう……間に合った」

 なんとか閉店前にレジで会計を済ませ、お店の外に出た。信号待ちをしながら、なんでこんなに毎日必死なんだろうと、考えてしまう。
 だめだ。余計なことを考えるな。
 考えれば考えるほど、虚しくなる。
 自分は何のために生きてるんだろうって。
 もちろん、家族のため、と言われればそれまでだ。家族のために家事も介護も頑張ろうと思っているし、それに対して文句を言いたいとも思わない。大事な家族が困っているならば助け合うのが普通だ。これは決して“ケア”なんかじゃない。ただの手伝い。人として当たり前のこと。だから私が特別なんじゃない——。

「あの」

 近くで誰かの吐息の音がした。
 自分が話しかけられているとは思わず、無視する。

「終電を逃したから泊めてくれない?」

「……」

「ねえ、聞こえてる?」

 耳元で囁かれて身体がびくんと跳ねた。

「え、わ、私ですか?」

 驚いて、声のする方を見やる。そこにいたのは、ブレザーの制服に身を包んだ少年だった。
 葉加瀬梨斗。
 これが、私が初めて彼に出会った夜の話だ。