真昼間の太陽が、私と梨斗の歩くアスファルトをきらきらと照りつける。五月も終わりになると三十度近くなり、すっかり夏の気配が漂っている。

「梨斗!」

 自宅の最寄駅で、向こうから歩いてくる梨斗に手を振る。白いTシャツに、短パンを履いた梨斗は、私を見つけるとふわりと微笑んだ。
 今日は日曜日。私の中間テストが終わり、二人でデートに行こうという話になった。誘ってくれたのは彼の方だ。ここから一時間ほど電車に乗り、目的地に向かう予定だ。かなり長旅になるが、梨斗と一緒ならまったく苦じゃない。

「こんにちは、日彩」

 彼氏彼女の関係になってからも、梨斗は私と会う時はいつも「おはよう」や「こんにちは」と挨拶をしてくれる。いつまでも丁寧な感じが、彼らしくて好きだ。

「すごくいい天気だね。デート日和!」

「うん。さすが晴れ女」

「へへん、伊達に“日彩”をやってないからね」

 思えば彼と出会ってから、ほとんど雨に降られたことがない。昼間は降っていても夜は止んでいることも多かった。

「それじゃ、さっそく行こうか」

 彼に差し出された手をそっと握り、改札へと向かう。
 この恋はまだ始まったばかり。
 だけど、もうこれ以上無理だってくらい、胸ははちきれんばかりに高鳴っていた。


 隣の県にある「夢が丘駅」で降り立った私たちは、駅直結の「夢が丘公園」へと辿り着いた。ここらで一番大きな公園で、園芸エリア、アトラクションエリア、大池エリア、と三つに区分けされている。公園が海に面しているので、園内に踏み入れると鼻を掠める潮の匂いにぎゅっと心を掴まれる。海を一望できる場所もあり、人気のスポットだ。風も強いけれど、そんなことは気にならないくらい、開放感に溢れていて素敵な場所だった。
 今日はここで、半日デート。
 この場所は私が行ってみたいとリクエストした場所だ。梨斗も同じことを考えていたらしく、二人して海風に当たりながら、まずは園芸コーナーを歩いた。
 色とりどりの花が、花壇に美しく植えられている。スイートピー、ノースポール、ゼラニウム、カンパニュラ、と花の名前の札を見ながら観察していく。どの花も色鮮やかで、周りの緑の芝生に映えていた。

「可愛い花がいっぱいあるね。初めて見る花もたくさん」

「そうだね。珍しい花があって、見てて飽きないや」

 梨斗は花が好きなのか、一つ一つの花をじっくり見つめて、匂いを嗅いだり優しく手で触れたりしていた。

「あっちに体験コーナーもあるみたいだよ。ハーバリウム作りって書いてある」

「ハーバリウムか。作ったことない」

「ねえ、良かったらやってみない?」

「いいね」

 こういう時、ノリノリで応えてくれる梨斗が好きだ。私たちはいそいそと、「ハーバリウム体験」と看板に書かれている、小屋のような建物に向かう。壁が煉瓦になっていて、御伽噺に出てくる小さな家みたいで可愛らしい。小窓のついた扉を開けると、鼻腔をくすぐる花の香りに、思わずうっとりしてしまった。

「こんにちは! ハーバリウム体験へようこそ。二名様でしょうか?」

「はい、そうです」

「こちらのお席へどうぞ」

 女性の店員さんに連れられて、二人掛けのテーブル席に座る。テーブルの上には、トレーと、その上に細長い瓶、オイル、ピンセット、ハサミが置かれていた。これがハーバリウムを作るのに必要な道具なのだろう。

「こちらのドライフラワー・プリザーブドフラワーコーナーからお好きな花を選んでいただき、瓶に入れてオイルを流し入れるだけで簡単にできます。どうぞ、お花を選んでください」

 店員さんが、店内の一角にある、「ドライフラワー・プリザーブドフラワーコーナー」を案内してくれた。なるほど、生のお花じゃなくて、ドライフラワーやプリザーブドフラワーを入れるのか。乾いたお花も、生花とはまた違った味があって素敵だなと思った。 

「定番はアジサイやカスミソウ、千日紅ですね。アジサイはオイルを注ぐと色がもう少しはっきりしますよ。他のお花が浮いてくるのを防ぐのに使うのもおすすめです」

「へえ。お花が浮いてきたりするんだ。結構頭使いそうだね」

「日彩はどれにする?」

 梨斗とうんうん悩みながら、私は千日紅をメインとして、ところどころにアジサイを入れることにした。梨斗はカスミソウが気に入ったのか、水色と白のカスミソウを選んでいた。カスミソウは白のイメージが強かったが、他にもいろんな色があると知り、驚いた。
 作業テーブルに戻ると、ピンセットで花を入れ始める。これが、思ったより難しい。どういう順番でお花を入れたら綺麗になるのか、分からないのだ。

「あまり考えすぎずにやってみてください。間にアジサイを入れると、千日紅なんかが浮いて来なくて良いですよ」

 店員さんのアドバイスに従って、なんとなくの感覚で千日紅やアジサイを入れていく。梨斗も苦戦している様子だったけれど、なんとか全ての花を入れ終えた。

「最後にオイルを流し入れますね。そーっと入れてみてください」

「わ、すごい」

 オイルを入れると、花の色が先ほどよりもくっきりと鮮やかに見え始める。艶めく花たちに惚れ惚れとして、瓶を蛍光灯の光に照らしてみた。オイルを入れるだけで、こんなに変わるんだ。大切な人と出会って明るい未来が見え始めた自分と重なる。

「日彩のハーバリウム、赤とかオレンジとか、明るい色で統一されてていいね。元気が出る」

「ありがとう。梨斗のは青系で、爽やかだ」

「作り手の性格に似るのかな?」

「自分で爽やかって言ってんじゃん。てか、私はこんなに明るい人間じゃないし」

「そう? 日彩は思ってるより明るいよ。眩しすぎるくらい」

「……もう」

 こんなところで言われると照れくさいじゃん……!
 梨斗は満更でもない様子で、出来上がったハーバリウムのボトルの口の部分に赤いリボンをかけた。反対に、私は青いリボンをつける。

「素敵なハーバリウムができましたね。ぜひご自宅で飾ってみてください」

「ありがとうございます!」

 店員さんにお礼を伝えて、体験コーナーを後にする。