放課後、梨斗は城北高校の校門の前で待ってくれていた。
彼と、真夜中以外で待ち合わせをするのは初めてだった。
私服を身に纏った梨斗が、夕暮れ時の光に照らされているところを見て、胸がさわさわと揺れる。何度も顔を合わせているはずなのに、初めて会った時みたいに、ちょっとだけ緊張した。
私と目が合うと、照れたように少しだけ瞳を下げる。けれど、一度私が「やっほー」と声をかけた途端、にっこりと優しい笑みを浮かべた。
「本当に会えるか、不安だったよ」
「それはこっちの台詞だよ。この時間に会えるなんて、夢みたい」
「ふふ、きみはロマンチストだね。僕は幽霊じゃないって言っただろ」
「もしかしたらやっぱり夢だったんじゃないかって、ほんの少し疑ってたから」
「夢じゃなくて良かった?」
「もちろん」
分かりきったことをあえて聞いてくるところが愛しくて、今すぐ抱きしめたくなる。でもさすがに、こんなところで密着するわけにはいかず、そっと彼の手を握った。
「あれ、梨斗じゃねえか」
どこかで聞いたことのある、ハリのある声が飛んできて、私と彼の肩が揺れた。
声のした方を振り返ると、ガタイの良い男の子がこちらを睨むようにして見つめている。
雄太だ。先日、美玖とピロティで会話をしているところを見たから間違いない。ラグビー部だと聞いているが、今日は部活が休みなのか、同じような体格の同級生二人と並んで歩いてきた。
隣から、梨斗が生唾をのみこむ音が聞こえてきた。心なしか、繋がれた彼の手が震えていることに気づいて、思わず強く握りしめる。
「……雄太、何か用?」
震えている。眉を下げる梨斗と、威嚇をするように鋭い視線を向けている雄太を交互に見やる。
「こんな時間に何で歩いてんだよ? 昨日は帰ってこなかったみてえだな。女と一緒だったってか? 父さんに言いつけてやる。きっとまた、叱られるぞ?」
挑発するような雄太の声はどす黒く、胸にずんと響いた。部外者の私でさえ背中に悪寒が駆け抜ける。
「梨斗」
耳元で彼の名前を呼んだ。
負けないで。
こんな……こんなふうに、あなたのことを人間扱いしない人に、屈しないで。
想いが伝わるように、強く強く彼の手を握り直す。すると、彼ははっとした様子で私の目を見つめた。
大丈夫だよ。
彼の目をまっすぐに見つめて、心の中で伝える。大丈夫。私の気持ちは届いているはずだ。
「悪いけど、僕たち急いでるんだ。あの家にはもう帰らない。父さんたちにも、そう伝えておいて」
毅然とした態度で、梨斗は雄太に言い放った。
普段のおっとりとした彼からは考えられないくらい、くっきりとした輪郭を帯びた言葉だった。雄太は、梨斗の言葉が突き刺さったように、目を大きく見開いて固まった。
「それから、この子には絶対に近づかないでほしい。僕の大切な人だから」
今度は私が目を丸くする番だった。
手のひらから伝わる温度がどんどん熱くなる。私の汗なのか、彼の汗なのか分からない。二人分の熱がほわほわと全身に回って、顔まで赤くなっているのが分かった。
「行こう」
固まったままの雄太を置いて、梨斗がくるりと踵を返す。彼に促されるがまま、私も雄太に背を向けた。
私と梨斗、二人分の影が大きく揺れる。柔らかな夕暮れ時の黄金色が、目の前の道をまっすぐに染め上げた。私たちの進む道を、照らしてくれているみたいに。
「ふふっ、さっきの、なに」
少し歩いてから、込み上げてきた照れと、喜びに、心臓がドキドキと跳ねていることに気づいた。
「いつも、言いなりになってばかりだった弟に、本音をぶつけてみた。きみに、勇気をもらったから」
「そっか。嬉しかったよ」
進んでいる。
私たちはゆっくりと、だけど確実に前へと歩いている。
そう気づかせてくれたのは、紛れもなく彼だった。
彼と、真夜中以外で待ち合わせをするのは初めてだった。
私服を身に纏った梨斗が、夕暮れ時の光に照らされているところを見て、胸がさわさわと揺れる。何度も顔を合わせているはずなのに、初めて会った時みたいに、ちょっとだけ緊張した。
私と目が合うと、照れたように少しだけ瞳を下げる。けれど、一度私が「やっほー」と声をかけた途端、にっこりと優しい笑みを浮かべた。
「本当に会えるか、不安だったよ」
「それはこっちの台詞だよ。この時間に会えるなんて、夢みたい」
「ふふ、きみはロマンチストだね。僕は幽霊じゃないって言っただろ」
「もしかしたらやっぱり夢だったんじゃないかって、ほんの少し疑ってたから」
「夢じゃなくて良かった?」
「もちろん」
分かりきったことをあえて聞いてくるところが愛しくて、今すぐ抱きしめたくなる。でもさすがに、こんなところで密着するわけにはいかず、そっと彼の手を握った。
「あれ、梨斗じゃねえか」
どこかで聞いたことのある、ハリのある声が飛んできて、私と彼の肩が揺れた。
声のした方を振り返ると、ガタイの良い男の子がこちらを睨むようにして見つめている。
雄太だ。先日、美玖とピロティで会話をしているところを見たから間違いない。ラグビー部だと聞いているが、今日は部活が休みなのか、同じような体格の同級生二人と並んで歩いてきた。
隣から、梨斗が生唾をのみこむ音が聞こえてきた。心なしか、繋がれた彼の手が震えていることに気づいて、思わず強く握りしめる。
「……雄太、何か用?」
震えている。眉を下げる梨斗と、威嚇をするように鋭い視線を向けている雄太を交互に見やる。
「こんな時間に何で歩いてんだよ? 昨日は帰ってこなかったみてえだな。女と一緒だったってか? 父さんに言いつけてやる。きっとまた、叱られるぞ?」
挑発するような雄太の声はどす黒く、胸にずんと響いた。部外者の私でさえ背中に悪寒が駆け抜ける。
「梨斗」
耳元で彼の名前を呼んだ。
負けないで。
こんな……こんなふうに、あなたのことを人間扱いしない人に、屈しないで。
想いが伝わるように、強く強く彼の手を握り直す。すると、彼ははっとした様子で私の目を見つめた。
大丈夫だよ。
彼の目をまっすぐに見つめて、心の中で伝える。大丈夫。私の気持ちは届いているはずだ。
「悪いけど、僕たち急いでるんだ。あの家にはもう帰らない。父さんたちにも、そう伝えておいて」
毅然とした態度で、梨斗は雄太に言い放った。
普段のおっとりとした彼からは考えられないくらい、くっきりとした輪郭を帯びた言葉だった。雄太は、梨斗の言葉が突き刺さったように、目を大きく見開いて固まった。
「それから、この子には絶対に近づかないでほしい。僕の大切な人だから」
今度は私が目を丸くする番だった。
手のひらから伝わる温度がどんどん熱くなる。私の汗なのか、彼の汗なのか分からない。二人分の熱がほわほわと全身に回って、顔まで赤くなっているのが分かった。
「行こう」
固まったままの雄太を置いて、梨斗がくるりと踵を返す。彼に促されるがまま、私も雄太に背を向けた。
私と梨斗、二人分の影が大きく揺れる。柔らかな夕暮れ時の黄金色が、目の前の道をまっすぐに染め上げた。私たちの進む道を、照らしてくれているみたいに。
「ふふっ、さっきの、なに」
少し歩いてから、込み上げてきた照れと、喜びに、心臓がドキドキと跳ねていることに気づいた。
「いつも、言いなりになってばかりだった弟に、本音をぶつけてみた。きみに、勇気をもらったから」
「そっか。嬉しかったよ」
進んでいる。
私たちはゆっくりと、だけど確実に前へと歩いている。
そう気づかせてくれたのは、紛れもなく彼だった。



