観覧車が地上へと辿り着く。
私は彼の瞳に問いかける。
もう少し聞かせてもらえる?
その疑問を受け取ったかのように、彼は頷いて再び口を開いた。
観覧車は二周目を回り始めた。
「去年の春頃かな。孤独だった僕の元に、ある日この遊園地の鍵が届いた。ポストに入っているのをたまたま見つけて、お母さんたちに気づかれないようにさっと取った。小さいメモが貼り付けられていて、『遊園地』とだけ書かれてた。誰がくれたのかは分からないけれど……でもこれは、自分に宛てたものなんじゃないかってなんとなく思って。昼間は家を出たら父親に叱られるから、夜中にこっそり行ってみたんだ。観覧車が好きだったから、観覧車だけこっそり動かした。地上を離れて空に浮かんでいるような気分になれて、この十五分間だけでも、現実を忘れられるから……」
ああ、そうか。そうだったんだ。
梨斗がどうして真夜中に私と会おうとしたのかようやく理解することができた。
この時間だけが、彼にとって“特別”だったんだ。
みんなが寝静まった後、こっそり家を抜け出して、現実逃避をする。
あまり長く外にいると、家族に見つかってしまうかもしれない。
だから彼は、観覧車が回っている十五分間だけ、外の世界へ繰り出した。
「観覧車に一人で乗っていると、小三の時にきみと乗ったあの日のことを思い出すんだ。すごく楽しかった。僕は一人じゃないんだって思えた。もう一度、きみに会いたいと、強く願ってた。だからあの日……十七歳の誕生日を迎える夜、きみを探しに出かけた。絶対に会えるはずないって分かってたけど、もしかしたら家が近いんじゃないかって勝手に推測して、夜の街を歩き回った。馬鹿だよな。こんな時間に、女の子が外をうろついているはずもないし、そもそも近くに住んでるなんて限らないのに。だけど、会えた。祈りが通じたみたいに、きみは僕の前に姿を現したんだ」
——終電を逃したから泊めてくれない?
あの日の出会いは偶然じゃなかった。
梨斗の強い気持ちによって、私たちは引き合わされた。海の水が月の引力によって引き寄せられるみたいに、私たちは再び出会った。
「きみが、僕のことを忘れているってことはすぐに分かったよ。ちょっと残念だったけど、でもまあ、仕方ないかって。出会ったのは随分昔で、お互い子供だったからね。だから僕は、きみと初めて会った人間として、もう一度きみと友達になりたかった。きみにすぐに正体を伝えなかったのは……そうだな。心のどこかで、きみにあの時の少年だって気づいてほしかったからなんだ」
へへ、と切なげな笑みを浮かべる梨斗の身体を今すぐ抱きしめたい衝動に駆られる。
忘れていてごめんね。
寂しかったよね。
ずっと一人で、生きてきたんだよね。
それってどれくらい、苦しいことなんだろう——。
「きみに出会ってから、僕の世界は少しずつ色を取り戻していった。相変わらず家では『いない者』の僕だったけれど、きみと観覧車に乗っている時間だけは、葉加瀬梨斗でいられたんだ。きみが僕の世界に、真っ黒以外の色を添えてくれた」
「私、私は……」
違う。違うんだよ。
色をつけてくれていたのは、私の方だよ。
観覧車は真っ暗な空の下を回っているけれど、下を見れば夜の明りで街は点々と輝いている。暗いだけじゃない。ここには光がある。そう教えてくれたのは、紛れもない、あなたなんだよ。
「日彩は僕に、家から逃げ出したいと思っていた心を救ってもらったと思ってるのかもしれない。でも僕が、救われていたんだ。きみと再会した日、きみが泣いているのを見て、苦しいのは自分だけじゃないって思えた。同時に、きみを笑顔にしたいとも、思った」
それが僕の生きる理由になったんだ。
梨斗の言葉に、胸がじんと湿って、目の縁には涙が溜まっていく。
そんなふうに思ってくれていたんだ……。
知らなかった。私はただ、自分が辛いことばかりに意識がいってしまっていて、梨斗と会うこの時間を心の拠り所にしていただけだ。だけど梨斗は、私のことを考えてくれていた。
嬉しくて、胸が温かい熱を帯びていく。
溢れそうな想いを、まだ口にはできない。最後まで、彼の話を聞かなきゃ。
私は彼の瞳に問いかける。
もう少し聞かせてもらえる?
その疑問を受け取ったかのように、彼は頷いて再び口を開いた。
観覧車は二周目を回り始めた。
「去年の春頃かな。孤独だった僕の元に、ある日この遊園地の鍵が届いた。ポストに入っているのをたまたま見つけて、お母さんたちに気づかれないようにさっと取った。小さいメモが貼り付けられていて、『遊園地』とだけ書かれてた。誰がくれたのかは分からないけれど……でもこれは、自分に宛てたものなんじゃないかってなんとなく思って。昼間は家を出たら父親に叱られるから、夜中にこっそり行ってみたんだ。観覧車が好きだったから、観覧車だけこっそり動かした。地上を離れて空に浮かんでいるような気分になれて、この十五分間だけでも、現実を忘れられるから……」
ああ、そうか。そうだったんだ。
梨斗がどうして真夜中に私と会おうとしたのかようやく理解することができた。
この時間だけが、彼にとって“特別”だったんだ。
みんなが寝静まった後、こっそり家を抜け出して、現実逃避をする。
あまり長く外にいると、家族に見つかってしまうかもしれない。
だから彼は、観覧車が回っている十五分間だけ、外の世界へ繰り出した。
「観覧車に一人で乗っていると、小三の時にきみと乗ったあの日のことを思い出すんだ。すごく楽しかった。僕は一人じゃないんだって思えた。もう一度、きみに会いたいと、強く願ってた。だからあの日……十七歳の誕生日を迎える夜、きみを探しに出かけた。絶対に会えるはずないって分かってたけど、もしかしたら家が近いんじゃないかって勝手に推測して、夜の街を歩き回った。馬鹿だよな。こんな時間に、女の子が外をうろついているはずもないし、そもそも近くに住んでるなんて限らないのに。だけど、会えた。祈りが通じたみたいに、きみは僕の前に姿を現したんだ」
——終電を逃したから泊めてくれない?
あの日の出会いは偶然じゃなかった。
梨斗の強い気持ちによって、私たちは引き合わされた。海の水が月の引力によって引き寄せられるみたいに、私たちは再び出会った。
「きみが、僕のことを忘れているってことはすぐに分かったよ。ちょっと残念だったけど、でもまあ、仕方ないかって。出会ったのは随分昔で、お互い子供だったからね。だから僕は、きみと初めて会った人間として、もう一度きみと友達になりたかった。きみにすぐに正体を伝えなかったのは……そうだな。心のどこかで、きみにあの時の少年だって気づいてほしかったからなんだ」
へへ、と切なげな笑みを浮かべる梨斗の身体を今すぐ抱きしめたい衝動に駆られる。
忘れていてごめんね。
寂しかったよね。
ずっと一人で、生きてきたんだよね。
それってどれくらい、苦しいことなんだろう——。
「きみに出会ってから、僕の世界は少しずつ色を取り戻していった。相変わらず家では『いない者』の僕だったけれど、きみと観覧車に乗っている時間だけは、葉加瀬梨斗でいられたんだ。きみが僕の世界に、真っ黒以外の色を添えてくれた」
「私、私は……」
違う。違うんだよ。
色をつけてくれていたのは、私の方だよ。
観覧車は真っ暗な空の下を回っているけれど、下を見れば夜の明りで街は点々と輝いている。暗いだけじゃない。ここには光がある。そう教えてくれたのは、紛れもない、あなたなんだよ。
「日彩は僕に、家から逃げ出したいと思っていた心を救ってもらったと思ってるのかもしれない。でも僕が、救われていたんだ。きみと再会した日、きみが泣いているのを見て、苦しいのは自分だけじゃないって思えた。同時に、きみを笑顔にしたいとも、思った」
それが僕の生きる理由になったんだ。
梨斗の言葉に、胸がじんと湿って、目の縁には涙が溜まっていく。
そんなふうに思ってくれていたんだ……。
知らなかった。私はただ、自分が辛いことばかりに意識がいってしまっていて、梨斗と会うこの時間を心の拠り所にしていただけだ。だけど梨斗は、私のことを考えてくれていた。
嬉しくて、胸が温かい熱を帯びていく。
溢れそうな想いを、まだ口にはできない。最後まで、彼の話を聞かなきゃ。



