祖母たちと別れてから、ゆっくりと周りを見回してみた。
梨斗、梨斗、梨斗。
声に出して彼の名前を呼んでみる。静寂の訪れた園内には自分以外に誰の気配もないように思われる。でも、彼は確かにここにいる。この遊園地のどこかにいる——そう、確証していた。
私がここへ入って来る時、遊園地の門は開いていた。門が開いていたからこそ、祖母が遊園地の中に入ることができたのだ。
それに祖母がさっき、透くんが観覧車に乗りたがっていると言っていたけれど、祖母は遊園地の中で梨斗のことを見たのではないかと思う。梨斗を、「透くん」だと勘違いした祖母は、記憶が入り乱れて、「透くん」と観覧車が結びついたんじゃないかって。
だとすればやっぱり梨斗はこの遊園地のどこかにいる。
そう信じて、園内を走り回った。
思えば私は、梨斗のことを本当に何も知らない。
初めて出会ったのはスーパーの前で、そこからすぐに遊園地へとやってきた。彼と会えるのは夜中の十二時、観覧車の中でだけ。だから、彼が昼間にどういう生活をしているか、まったく分からない。聞いてもきっと教えてくれないだろうって、諦めていた。
でも、今なら彼の深淵に近づけるような気がしている。
だって彼は、昔私と——。
「梨斗!」
愛しい人の名前を何度も叫ぶ。静寂の中にこだまする自分の声が、夜の闇に溶ける。ふと気を抜くと、寂れた巨大な園内に取り残される心細さに、足がすくんでしまいそうになった。
妙な胸騒ぎが止まらない。普段なら、彼は時間ぴったりに門の前に現れるのに、今日はいなかった。何かが変わろうとしている。予感はやがて、確信へと変わった。
「梨斗……」
メリーゴーランドの前で、亡霊のように佇む彼の後ろ姿を見つけた。今日はどうしてかいつも着ている制服ではない。瞬時に思い出したのは、出会った日に彼が放った言葉だ。
——僕って幽霊みたいに存在を消すのが得意なんだ。
それから私が彼のことを幽霊ではないかと疑った時に、彼が答えてくれた言葉も。
——少なくとも、きみが考えるような幽霊ではない。でも、幽霊みたいな存在だっていうのは認める。
彼の頭からつま先までをなぞるように、視線を動かす。ちゃんと手と足があって、足は地面についている。どこからどう見ても、いたって普通の人間に見える。だけど、本当はもしかしたら。
「梨斗は、やっぱり幽霊なの? それとも、意識不明の少年が幽体離脱した魂、とか?」
突如として後ろからおかしな問いを投げかけられた彼は、ぴくりと身体を揺らして振り返る。私を見る、彼の顔を見て心臓が跳ねた。
額と、頬と、顎と、唇に、切り傷や打撲の跡があった。
さらに、目元は腫れて暗闇の中でも青く盛り上がっているのが分かかる。手や足は長袖に長ズボンを着ているので素肌が見えないけれど、顔と同じように傷があるのは容易に予想がついた。
「見つかっちゃった……か」
てへへ、と可愛らしく頬を掻きながら小さく笑う彼は、本当は私に見つかることを望んでいたのだとすぐに分かった。
「どうしたの、その顔……」
聞かずにはいられなかった。
痛々しい顔を私に向けている彼はどうしたって普通じゃない。
「言ったでしょ。僕は、幽霊みたいな存在だって」
「それってどういう」
「観覧車に乗らない?」
柔和な笑みを浮かべながら、いつものように彼が提案した。無意識のうちに頷く。梨斗と深い話をするのは、あの観覧車の中でなきゃ、だめだ。
二人きりの世界で、観覧車の元へと歩き出す。その間、彼の身体に見える傷には意識を向けないように、必死に目を逸らし続けた。
「さあ、行こう」
もう何度目か分からない。彼と観覧車で過ごす十五分間。でも今日は、二人の間にいつもと違う緊張感が漂っていることに気づいた。
私たちの十五分が始まる。
後悔しないように、彼と真正面から向き合って、話そう。
梨斗、梨斗、梨斗。
声に出して彼の名前を呼んでみる。静寂の訪れた園内には自分以外に誰の気配もないように思われる。でも、彼は確かにここにいる。この遊園地のどこかにいる——そう、確証していた。
私がここへ入って来る時、遊園地の門は開いていた。門が開いていたからこそ、祖母が遊園地の中に入ることができたのだ。
それに祖母がさっき、透くんが観覧車に乗りたがっていると言っていたけれど、祖母は遊園地の中で梨斗のことを見たのではないかと思う。梨斗を、「透くん」だと勘違いした祖母は、記憶が入り乱れて、「透くん」と観覧車が結びついたんじゃないかって。
だとすればやっぱり梨斗はこの遊園地のどこかにいる。
そう信じて、園内を走り回った。
思えば私は、梨斗のことを本当に何も知らない。
初めて出会ったのはスーパーの前で、そこからすぐに遊園地へとやってきた。彼と会えるのは夜中の十二時、観覧車の中でだけ。だから、彼が昼間にどういう生活をしているか、まったく分からない。聞いてもきっと教えてくれないだろうって、諦めていた。
でも、今なら彼の深淵に近づけるような気がしている。
だって彼は、昔私と——。
「梨斗!」
愛しい人の名前を何度も叫ぶ。静寂の中にこだまする自分の声が、夜の闇に溶ける。ふと気を抜くと、寂れた巨大な園内に取り残される心細さに、足がすくんでしまいそうになった。
妙な胸騒ぎが止まらない。普段なら、彼は時間ぴったりに門の前に現れるのに、今日はいなかった。何かが変わろうとしている。予感はやがて、確信へと変わった。
「梨斗……」
メリーゴーランドの前で、亡霊のように佇む彼の後ろ姿を見つけた。今日はどうしてかいつも着ている制服ではない。瞬時に思い出したのは、出会った日に彼が放った言葉だ。
——僕って幽霊みたいに存在を消すのが得意なんだ。
それから私が彼のことを幽霊ではないかと疑った時に、彼が答えてくれた言葉も。
——少なくとも、きみが考えるような幽霊ではない。でも、幽霊みたいな存在だっていうのは認める。
彼の頭からつま先までをなぞるように、視線を動かす。ちゃんと手と足があって、足は地面についている。どこからどう見ても、いたって普通の人間に見える。だけど、本当はもしかしたら。
「梨斗は、やっぱり幽霊なの? それとも、意識不明の少年が幽体離脱した魂、とか?」
突如として後ろからおかしな問いを投げかけられた彼は、ぴくりと身体を揺らして振り返る。私を見る、彼の顔を見て心臓が跳ねた。
額と、頬と、顎と、唇に、切り傷や打撲の跡があった。
さらに、目元は腫れて暗闇の中でも青く盛り上がっているのが分かかる。手や足は長袖に長ズボンを着ているので素肌が見えないけれど、顔と同じように傷があるのは容易に予想がついた。
「見つかっちゃった……か」
てへへ、と可愛らしく頬を掻きながら小さく笑う彼は、本当は私に見つかることを望んでいたのだとすぐに分かった。
「どうしたの、その顔……」
聞かずにはいられなかった。
痛々しい顔を私に向けている彼はどうしたって普通じゃない。
「言ったでしょ。僕は、幽霊みたいな存在だって」
「それってどういう」
「観覧車に乗らない?」
柔和な笑みを浮かべながら、いつものように彼が提案した。無意識のうちに頷く。梨斗と深い話をするのは、あの観覧車の中でなきゃ、だめだ。
二人きりの世界で、観覧車の元へと歩き出す。その間、彼の身体に見える傷には意識を向けないように、必死に目を逸らし続けた。
「さあ、行こう」
もう何度目か分からない。彼と観覧車で過ごす十五分間。でも今日は、二人の間にいつもと違う緊張感が漂っていることに気づいた。
私たちの十五分が始まる。
後悔しないように、彼と真正面から向き合って、話そう。



