「友達と、遊園地で会ってるの」
「遊園地?」
突如として私の口から出てきた遊園地というワードに、母はきょとんと動きを止めた。
「うん。昔よく行ってたあの遊園地。今は廃園になってるんだけど、その友達の——父親が、今は遊園地の持ち主らしくて。だから友達は、入ることができて」
話がややこしいので、母にも納得してもらえそうな感じに、話を作り上げた。あながち間違いではないので、嘘をついているわけではない。
「その友達と、いつも夜中に遊園地で待ち合わせをしてる。よく分からないんだけど、その時間しか、その子は予定が合わないらしい、から」
私も、どうして梨斗が夜中の十二時にしかあの場所に来ることができないのか分からないから、曖昧な言い方になった。
「そう、だったの」
きっと私の話を半分も理解していないだろうけれど、母はなんとか娘を信じようとしてくれている様子で、躊躇いながら頷いた。
「日彩が仲良くしてる友達が危ない人ではないっていうのは信じるわ。でも、行き帰りの道で何かあったらと思うと、やっぱり心配。だからその子には事情を説明して、昼間に会うように説得できないかしら?」
「昼間に……」
母が心配する気持ちは十分理解できるし、私だって会えるなら昼間に梨斗と会いたい。でもそんなこと、できるのかな……。
「今日も約束してるの?」
「う、うん」
「だったら今日、提案してみて。難しいって言われたら、またお母さんも一緒にどうするべきか考えるから」
「……分かった」
頷きながら、困ったことになったとは思った。
梨斗が夜中にしか会ってくれないのは、きっと何か深い理由があるはずだから。そんなに簡単に、提案に乗ってくれるとは到底思えない。
じゃあもしかして、今日を限りに梨斗と会えなくなるの……?
胸にちくりとした痛みが走る。
梨斗と会えなくなるのは耐えられない。でも、これ以上母を心配させるのも嫌だ。
どっちつかずな感情のまま、この場だけは平静を装い、母の目を見つめる。
「遊園地といえばさ、昔、お父さんが亡くなったすぐ後に二人で行ったことがあったわよね」
「え? うん」
母が遠い目をして話し出す。
確かに母の言う通り、父が亡くなって毎日落ち込んでばかりいた私を、母が遊園地に連れ出してくれた記憶はちゃんとある。
「その時、あんた、迷子になったの覚えてる?」
「……覚えてるよ」
自分から母の元を離れたくせに、いざ母の姿が見えなくなると不安でたまらなかった。その時、誰かに助けてもらったんだけど、その人の顔はどうしても思い出せない。
「すごく不安でさ。もしかして日彩までいなくなっちゃうんじゃないかって、怖かったのよ。せっかく日彩を楽しませようと連れ出した先で、日彩まで失ってしまったら、やりきれない気持ちになってたと思うわ。だから、日彩のことを見つけ出して一緒にいてくれた少年にはとても感謝してる」
「少年……?」
母の口から飛び出してきたとんでもない一言に、息が止まりそうになった。
「私を助けてくれたのって、大人の人じゃなくて男の子だったの?」
「ええ。覚えてないの?」
「覚えてない……。たぶんその時、お父さんが死んじゃって気持ちが不安定になってたから……ところどころ、記憶が抜け落ちてて」
「そう。子供からしたらショックなことだものね。あの遊園地で迷子になったあなたと一緒にいてくれたのは、確かに男の子で間違いないわ。名前とかは聞いてないんだけれど、同じくらいの歳の子だった気がするわ」
母のその言葉に、頭の隅で何かぱちんと弾けるような心地がした。
——お父さんが、死んじゃって。
——そうなんだ。ぼくも、本当のお父さんと離れ離れになって、かなしいんだ。
——本当のお父さんと?
——うん。今日、ぼくの誕生日だから、お母さんが遊園地に連れてきてくれたのにさ、お母さんの隣には知らない男の人がいた。だからぼく、二人から逃げてきたんだ。
——それなら、わたしと一緒だね。わたしも、逃げたから。
——似たものどうし、よろしくね。
カタカタと音を立てて回る観覧車の中で、幼い頃の彼が、ちょこんと椅子に腰掛けている。窓の外を二人で眺めながら、ミニチュアみたいな街の風景を見て、遠くへ来たんだなって実感させられた。
悲しくて寂しいのに、彼が歯を見せて笑うのを見て、ひどく安心した記憶が蘇る。
「梨斗……」
どうして気づかなかったんだろう。
あの夜、スーパーの前で話しかけてきた彼は、最初から私のことを——。
「日彩、どうかした?」
黙りこくってしまった私を見て怪訝に思ったのか、母親が私の顔を覗き込んできた。
「い、いや。なんでもない。とにかく今晩、友達に色々と話してみる」
「そうしてちょうだい。普通に会えるようになるといいわね」
母がほっとした様子で胸を撫で下ろす。
たぶん私たちは、普通に会えるようになんてならない。
梨斗はずっと私に、何かを隠していた。
その抱えているものを、私は上手く受け止めることができるのだろうか?
「遊園地?」
突如として私の口から出てきた遊園地というワードに、母はきょとんと動きを止めた。
「うん。昔よく行ってたあの遊園地。今は廃園になってるんだけど、その友達の——父親が、今は遊園地の持ち主らしくて。だから友達は、入ることができて」
話がややこしいので、母にも納得してもらえそうな感じに、話を作り上げた。あながち間違いではないので、嘘をついているわけではない。
「その友達と、いつも夜中に遊園地で待ち合わせをしてる。よく分からないんだけど、その時間しか、その子は予定が合わないらしい、から」
私も、どうして梨斗が夜中の十二時にしかあの場所に来ることができないのか分からないから、曖昧な言い方になった。
「そう、だったの」
きっと私の話を半分も理解していないだろうけれど、母はなんとか娘を信じようとしてくれている様子で、躊躇いながら頷いた。
「日彩が仲良くしてる友達が危ない人ではないっていうのは信じるわ。でも、行き帰りの道で何かあったらと思うと、やっぱり心配。だからその子には事情を説明して、昼間に会うように説得できないかしら?」
「昼間に……」
母が心配する気持ちは十分理解できるし、私だって会えるなら昼間に梨斗と会いたい。でもそんなこと、できるのかな……。
「今日も約束してるの?」
「う、うん」
「だったら今日、提案してみて。難しいって言われたら、またお母さんも一緒にどうするべきか考えるから」
「……分かった」
頷きながら、困ったことになったとは思った。
梨斗が夜中にしか会ってくれないのは、きっと何か深い理由があるはずだから。そんなに簡単に、提案に乗ってくれるとは到底思えない。
じゃあもしかして、今日を限りに梨斗と会えなくなるの……?
胸にちくりとした痛みが走る。
梨斗と会えなくなるのは耐えられない。でも、これ以上母を心配させるのも嫌だ。
どっちつかずな感情のまま、この場だけは平静を装い、母の目を見つめる。
「遊園地といえばさ、昔、お父さんが亡くなったすぐ後に二人で行ったことがあったわよね」
「え? うん」
母が遠い目をして話し出す。
確かに母の言う通り、父が亡くなって毎日落ち込んでばかりいた私を、母が遊園地に連れ出してくれた記憶はちゃんとある。
「その時、あんた、迷子になったの覚えてる?」
「……覚えてるよ」
自分から母の元を離れたくせに、いざ母の姿が見えなくなると不安でたまらなかった。その時、誰かに助けてもらったんだけど、その人の顔はどうしても思い出せない。
「すごく不安でさ。もしかして日彩までいなくなっちゃうんじゃないかって、怖かったのよ。せっかく日彩を楽しませようと連れ出した先で、日彩まで失ってしまったら、やりきれない気持ちになってたと思うわ。だから、日彩のことを見つけ出して一緒にいてくれた少年にはとても感謝してる」
「少年……?」
母の口から飛び出してきたとんでもない一言に、息が止まりそうになった。
「私を助けてくれたのって、大人の人じゃなくて男の子だったの?」
「ええ。覚えてないの?」
「覚えてない……。たぶんその時、お父さんが死んじゃって気持ちが不安定になってたから……ところどころ、記憶が抜け落ちてて」
「そう。子供からしたらショックなことだものね。あの遊園地で迷子になったあなたと一緒にいてくれたのは、確かに男の子で間違いないわ。名前とかは聞いてないんだけれど、同じくらいの歳の子だった気がするわ」
母のその言葉に、頭の隅で何かぱちんと弾けるような心地がした。
——お父さんが、死んじゃって。
——そうなんだ。ぼくも、本当のお父さんと離れ離れになって、かなしいんだ。
——本当のお父さんと?
——うん。今日、ぼくの誕生日だから、お母さんが遊園地に連れてきてくれたのにさ、お母さんの隣には知らない男の人がいた。だからぼく、二人から逃げてきたんだ。
——それなら、わたしと一緒だね。わたしも、逃げたから。
——似たものどうし、よろしくね。
カタカタと音を立てて回る観覧車の中で、幼い頃の彼が、ちょこんと椅子に腰掛けている。窓の外を二人で眺めながら、ミニチュアみたいな街の風景を見て、遠くへ来たんだなって実感させられた。
悲しくて寂しいのに、彼が歯を見せて笑うのを見て、ひどく安心した記憶が蘇る。
「梨斗……」
どうして気づかなかったんだろう。
あの夜、スーパーの前で話しかけてきた彼は、最初から私のことを——。
「日彩、どうかした?」
黙りこくってしまった私を見て怪訝に思ったのか、母親が私の顔を覗き込んできた。
「い、いや。なんでもない。とにかく今晩、友達に色々と話してみる」
「そうしてちょうだい。普通に会えるようになるといいわね」
母がほっとした様子で胸を撫で下ろす。
たぶん私たちは、普通に会えるようになんてならない。
梨斗はずっと私に、何かを隠していた。
その抱えているものを、私は上手く受け止めることができるのだろうか?



