「……はは、ばれちゃったか」

 美玖は、はーっと楽器を構えてロングトーンをするように細く長い息を吐いて、眉を下げて笑った。その寂しそうな笑顔に、心臓を素手で鷲掴みにされた心地にさせられる。

「たぶん、日彩が聞いたら馬鹿馬鹿しくて笑っちゃうと思う。それでもいい?」

 何を言い出すのかと思いきや、予想外の言葉に戸惑う。でも、すぐに彼女が本音を話そうとしていることが分かって、反射的に首を縦に振った。

「ありがとう。じゃあ話すね。話すって言っても、日彩が予想してる通りだと思うけど……。日彩が昨日ピロティで見た雄太は、さっき言った通り私の彼氏。中三の頃、受験対策で通ってた塾で出会ったの。当時の私って、クラスで学級委員してて、正義感がうざいってみんなから疎ましがられててさ。学校で居場所がないって感じてたんだ。そんな時、塾で出会った彼は、私を必要としてくれて……。単純バカな話だけど、それで恋してしまったの。日彩は塾にも行ってなかったし、部活も引退した後だったから、知らなくて当然だと思う。話してもなかったし。そこはごめんね」

「いや、美玖が謝ることじゃないよ」

「そう? ありがとう。時々さ、女友達と恋バナしてて最後の方に『私彼氏いるんだけど』って薄情したら、『えー裏切り者ー!』って言われることがあるから。まあほとんど冗談だろうけど、なんかそういうノリが苦手で、あんまり周りには言えてなかったんだよね。日彩がそういうタイプじゃなくて良かった。……で、話を戻すけど、ぶっちゃけると、その彼氏がいつも上から命令してくるタイプというか……なんとかハラスメント? って疑われるような感じなんだよね」

「それはなんとなく……そんな感じかなって思った」

「ふっ、そっか。昨日の一幕でばれるんなら、相当じゃん。私にとってはもう日常になりすぎて、感覚がおかしくなってるのかも。それでさ、雄太が土日とか連休とかに、私と予定を入れたがって、言うこと聞けってうるさくて。でもずっと、そんな雄太をなんとか宥めて部活だけは休まないようにしてたんだけど。このゴールデンウィークの予定は、彼に逆らえなくてね……。顧問には体調不良だって嘘ついて休んでた。私、次期部長だから、彼氏とのデートで休むなんて言えなかったの」

 ほんと、笑えないよねー馬鹿だよねーと、逆に笑いながら話す美玖。私は、彼女の胸の痛みが伝染したように、居た堪れない気持ちになった。

「だけど、みんなに私が彼とのデートで休んだことがばれてしまって。たった一度の休みで、みんなが一斉に敵に回っちゃったみたい。まあ、全部私が悪いんだけど。みんな、これまで私に対して思うとろがあったんだろうね。溜まってたものが一気にバーっと出ちゃった感じ? それで、恵菜も私に呆れたんだと思う……」

 恵菜が、吹奏楽部の子たちに囲まれて美玖の悪口を言っていたのを思い出す。いや、正確には、みんなが美玖の悪口を言うのを聞かされていただけかもしれないけれど。それでも、仲良くしていた恵菜が“あちら側”に回ってしまったと知った時の美玖の悲しみがズンと伝わってきた。

「今まで、みんなのためを思って、ちょっと厳しい練習メニューも考えてきたんだ。私自身、しんどい練習にへこたれそうになったこともあった。職員室で、『あなたがもっと率先して練習に打ち込まないとダメでしょう』って、顧問にこっぴどく怒られた日もある。それでも、夏の大会で成果を出すため、先輩たちの最後の夏にみんなが悔し涙を流さずに済むようにって、必死だった。だけど……それがみんなにとっては、ありがた迷惑でしかなかったみたい。ふふ、本当、一人空回りして、何やってんだか……。私は次期部長失格だね」

 みんなのために、自分が大変な思いをすることが分かっているのに、リーダーとしての役割を果たそうとした美玖。
 同じだった。私は美玖のように部活には所属していないけれど、家で家事や祖母の面倒を見るのに孤軍奮闘しているところは、美玖と何ら変わらない。
 それなのに、私たちはどうして今、こんなにも虚しくて空っぽになっているんだろう。

「日彩にも……ずっと、ひどいこと思ってた。高校に入って、付き合いが悪くなったこと、心のどこかで軽蔑したんだと思う。それが態度に出ちゃって、日彩を傷つけたんだって、昨日反省した。本当に、ごめんなさい」

 美玖の、心からの謝罪を聞いて、私ははっと彼女の顔を凝視する。
 美玖がこんなにも自分の心の内を曝け出しているのに、私がこのままでいいはずがない。
 一度、大きく息を吐いて、吸う。
 グラウンドから聞こえていた生徒たちの声が、聞こえなくなった。

「私、美玖や恵菜に、話してなかったことがあるの」

 美玖が「なに?」と言わんばかりに隣に座っている私の方に顔を向ける。ドキドキと心臓の音が急に速くなった。