それからどれくらいの時間待っただろうか。
「日彩、こんばんは。遅くなってごめん」
門の前で三角座りをして膝に顔を埋めていた私は、待ち焦がれていた人の声で顔を上げた。
「梨斗、こんばんは」
座り込んで待っていた私を不思議に思ったのか、彼は「大丈夫?」と心配そうな表情で覗き込んできた。
「うん、ごめん。ちょっと早く着きすぎちゃって」
「そうなんだ。逆に僕の方は少し遅れて、申し訳ない」
彼にそう言われて、スマホのホーム画面の明りをつける。00:15と表示されていた。確かにいつも、二十四時ぴったりに来てくれる梨斗からすれば遅れている方だ。けれど、十五分遅れたぐらいで、そこまで申し訳なさそうな顔をされると、逆に早く来たこちらの方が悪いような気がした。
「とにかく行こうか」
「うん」
これ以上謝ったり謝られたりするのは嫌だと思っていた矢先、彼は空気を読んですぐに歩き出してくれた。
いつものように観覧車のスイッチを入れて、ゴンドラに乗り込む。彼が管理室に入っている間、頭をよぎったのは先ほど名刺をくれた“葉加瀬さん”のことだ。
梨斗に聞いてみようかな。
ふとそう思ったのだけれど、ゴンドラに乗った途端に、「日彩、何かあったでしょ」とすぐさま問いかけられた。
「何か……うん、あった。色々と」
「良かったら話してくれない? その、話したくなければいいんだけど」
「……話したい」
彼に促されて素直に思った。
私は、いつも以上に今日の学校でのこと、家でのことを梨斗に話したいと思ってたんだ。他の誰でもない、梨斗に。
機械音を聞きながら、梨斗と向き合って座る。もう何度目の観覧車だろうか。真夜中の景色はいつも変わり映えしない。真っ暗な空に登っていく時、世界には私と梨斗の二人だけしかいないような感覚に陥る。二人ぼっちだけれど、寂しくはない。一人で乗っていたら、よほど寂しいのだろうけれど。梨斗の息遣いを聞いていると、暗い空の下でも、自分を取り戻せるような気がした。
「今日ね、学校で、友達が……いや、友達だった子が、別の友達から悪口を言われているところを見たの。その子、美玖っていうんだけど——……」
私は、今日学校で美玖と恵菜、吹奏楽部の子たちが分断している現場を見たことを話した。それから、美玖がピロティで恋人の男の子に良いように扱われていたことも。
私は美玖を庇ってあげられなかったこと。
美玖の恋人の男の子、雄太という少年が、「リト」と名前を口にしたこと。
「その男の子、“雄太”っていう名前らしいんだけど、梨斗知ってる? 雄太はリトのこと、兄貴だって言ってて」
梨斗は“雄太”という名前を聞いた途端、驚きに目を大きく見開いた。
「その人……ガタイが良い男の子だった? 一年生?」
「う、うん。やっぱり知ってるの?」
私の疑問に、彼は小さく頷いた。
「そいつ……、僕の弟」
「えっ」
雄太が梨斗の弟だということに驚いたのではない。
それよりも普段温厚な彼が、雄太のことを“そいつ”と呼んだことにびっくりした。それから、兄弟だというのに雄太が梨斗と全然違う見た目と性格をしていることも。
「弟、だったんだ。まさか美玖の恋人があなたの弟だなんて、すごい偶然」
「確か、中学の頃から付き合ってる彼女がいるって言ってたけど……その美玖ちゃんのことだったんだ」
「中学の頃から……? 私、美玖と同じ中学校なんだけど、梨斗は同じ中学じゃないよね?」
「ああ、雄太のやつ、塾で出会ったって言ってた。近隣の中学校の生徒が集まっている塾だったから、違う学校でもおかしくないよ」
「そういうことか」
もしここで梨斗の中学校のことが分かれば、彼のことを少しでも理解できるかと思ったんだけど、一筋縄ではいかないらしい。梨斗は自分から出身中学校の話なんてしないだろうし。
「日彩、こんばんは。遅くなってごめん」
門の前で三角座りをして膝に顔を埋めていた私は、待ち焦がれていた人の声で顔を上げた。
「梨斗、こんばんは」
座り込んで待っていた私を不思議に思ったのか、彼は「大丈夫?」と心配そうな表情で覗き込んできた。
「うん、ごめん。ちょっと早く着きすぎちゃって」
「そうなんだ。逆に僕の方は少し遅れて、申し訳ない」
彼にそう言われて、スマホのホーム画面の明りをつける。00:15と表示されていた。確かにいつも、二十四時ぴったりに来てくれる梨斗からすれば遅れている方だ。けれど、十五分遅れたぐらいで、そこまで申し訳なさそうな顔をされると、逆に早く来たこちらの方が悪いような気がした。
「とにかく行こうか」
「うん」
これ以上謝ったり謝られたりするのは嫌だと思っていた矢先、彼は空気を読んですぐに歩き出してくれた。
いつものように観覧車のスイッチを入れて、ゴンドラに乗り込む。彼が管理室に入っている間、頭をよぎったのは先ほど名刺をくれた“葉加瀬さん”のことだ。
梨斗に聞いてみようかな。
ふとそう思ったのだけれど、ゴンドラに乗った途端に、「日彩、何かあったでしょ」とすぐさま問いかけられた。
「何か……うん、あった。色々と」
「良かったら話してくれない? その、話したくなければいいんだけど」
「……話したい」
彼に促されて素直に思った。
私は、いつも以上に今日の学校でのこと、家でのことを梨斗に話したいと思ってたんだ。他の誰でもない、梨斗に。
機械音を聞きながら、梨斗と向き合って座る。もう何度目の観覧車だろうか。真夜中の景色はいつも変わり映えしない。真っ暗な空に登っていく時、世界には私と梨斗の二人だけしかいないような感覚に陥る。二人ぼっちだけれど、寂しくはない。一人で乗っていたら、よほど寂しいのだろうけれど。梨斗の息遣いを聞いていると、暗い空の下でも、自分を取り戻せるような気がした。
「今日ね、学校で、友達が……いや、友達だった子が、別の友達から悪口を言われているところを見たの。その子、美玖っていうんだけど——……」
私は、今日学校で美玖と恵菜、吹奏楽部の子たちが分断している現場を見たことを話した。それから、美玖がピロティで恋人の男の子に良いように扱われていたことも。
私は美玖を庇ってあげられなかったこと。
美玖の恋人の男の子、雄太という少年が、「リト」と名前を口にしたこと。
「その男の子、“雄太”っていう名前らしいんだけど、梨斗知ってる? 雄太はリトのこと、兄貴だって言ってて」
梨斗は“雄太”という名前を聞いた途端、驚きに目を大きく見開いた。
「その人……ガタイが良い男の子だった? 一年生?」
「う、うん。やっぱり知ってるの?」
私の疑問に、彼は小さく頷いた。
「そいつ……、僕の弟」
「えっ」
雄太が梨斗の弟だということに驚いたのではない。
それよりも普段温厚な彼が、雄太のことを“そいつ”と呼んだことにびっくりした。それから、兄弟だというのに雄太が梨斗と全然違う見た目と性格をしていることも。
「弟、だったんだ。まさか美玖の恋人があなたの弟だなんて、すごい偶然」
「確か、中学の頃から付き合ってる彼女がいるって言ってたけど……その美玖ちゃんのことだったんだ」
「中学の頃から……? 私、美玖と同じ中学校なんだけど、梨斗は同じ中学じゃないよね?」
「ああ、雄太のやつ、塾で出会ったって言ってた。近隣の中学校の生徒が集まっている塾だったから、違う学校でもおかしくないよ」
「そういうことか」
もしここで梨斗の中学校のことが分かれば、彼のことを少しでも理解できるかと思ったんだけど、一筋縄ではいかないらしい。梨斗は自分から出身中学校の話なんてしないだろうし。



