ガタン、ガタン。身一つで校舎から飛び出した私は、無意識のうちに電車に乗り込んでいた。教科書や財布は全部学校に置いたまま。ブレザーのポケットにICカードを入れていたので、電車賃はなんとかなった。
 その足で、自宅に向かうことなく、遊園地の最寄駅へと降り立つ。
 身体が勝手にそこへ向かっていた。昼間の駅はそれほど人が多くなくて、制服でいると目立つような気もしていたけれど、誰も自分に注目なんてしていなかった。

「梨斗……」

 駅から出て、ふらふらと遊園地の方へと向かう。
 彼の名前をそっと呟いてみても、もちろん彼は現れない。約束の時間は夜の十二時だもん。昼間のこの時間帯に、梨斗がいるはずがない。と、頭では分かっているものの、心が彼を求めていた。
 遊園地の前で、何をすることもなくぼうっと辺りを眺める。こんなところで、私は一体何をしているんだろう。時間があるなら家に帰って祖母の面倒でも見ればいいのに。そう思うのに、身体は遊園地の前から動かない。先生に無断で学校を飛び出したこと、明日お咎めを受けるだろうな。怒られるのは嫌なはずなのに、今すぐ学校に戻る気にもなれなかった。

「あれ……」

 ちょうどその時だ。
 遊園地の扉から、男の人が出てきたのは。

「あの人、この前の」

 以前、遊園地の中を歩いているのを見た、男の人だった。
 何を思ったのか、自分でもよく分からない。私はすぐさま彼の方へと駆け寄った。

「あの、すみませんっ!」

 思い切って声を張り上げると、男性ははっと私と目を合わせた。

「……何か用かい?」

 男の人は思ったよりも優しい声色でそう聞いた。ガタイがいいので、怖い感じの人かと思ったけれど、よく見てみれば目は垂れていて、人当たりが良さそうな顔をしている。

「あの、私、この遊園地に興味があるんですけど……おじさん、この間もここに入ってましたよね。廃園してるのに、何してるのかなって、気になって」

 知らない男の人にこうして話しかける勇気があったことに、自分自身驚く。
 おじさんはしばらく私の顔をじっと見つめた後、「もしかして」と口を開く。

「きみ、この前ここに立っていた」

「はい、そうです。人と待ち合わせをしていて」

「待ち合わせ、か。あんな時間に?」

「それは……ちょっと事情があって。おじさんこそ、あんな真夜中に何をしていたんですか?」

「私は、この遊園地の持ち主なんだ」

「え?」

「正確には、私の会社のものなんだけどね」

「へ、へえ……」

 遊園地の持ち主?
 突然出てきた「持ち主」という言葉にかなり面食らってしまう。
 じゃあ、どうして梨斗は遊園地の門の鍵なんて持っているの?
 他所様の持ち主の遊園地に、勝手に入っていたっていうこと……?
 それじゃあ、私たちの方が悪いことをしているってことじゃないか。

「去年の春、廃園したここを買い取ったんだ。それで、時々様子を見に来てる」

「そう、だったんですね。なるほど……」

 もはやそれしか言いようがない。自分の持ち物の様子を見に来ているのなら、第三者があれこれ口出しすることはできない。

「す、すみませんでしたっ!」

「え? ちょ、ちょっと待って」

 男性が引き止めるのにも構わず、恥ずかしくなった私はその場にいられなくなって、一目散にダッシュする。あれじゃ、私の方が不審者だ……! あの男性のことを、少しでも怪しいと思った自分が恥ずかしい。他人の土地に勝手に入り込んで、観覧車に乗って男の子との時間を楽しんで……。言葉にするとかなり恥ずかしくて、頭がカッと熱くなった。
 梨斗は知ってるんだろうか。
 あの遊園地が、おじさんの会社のものだってこと。
知らずに入っているのだとしたら、絶対に何かの罪に問われるはずだ。
 ドクドク、と脈拍がどんどんと速くなるのにも構わず、私は最寄駅まで走り続ける。少しでも早く、男性の元から離れなくちゃいけないと思った。