四月はあっというまに過ぎていった。
 二年生が始まった頃は、これから訪れる孤独な日々に耐えられるか不安で仕方がなかったけれど、夜に梨斗と会うようになってから、学校での時間が多少窮屈でも、なんとか乗り切ることができている。
 ゴールデンウィークは自宅に引き篭もっていた。
 みんな、友達と遊びに行ったり家族と旅行に行ったりと、楽しい連休を満喫しているようだったが、私は一年生の範囲の勉強を復習するのに時間を費やした。母は、ゴールデンウィーク中も夜のオペレーターのパートをしていた。日中の仕事は会社が休みなので入れないと嘆いていた。だから一応家には母もいたのだけれど、母は廃人のようにずっと眠っている。普段の生活でよっぽど疲れが溜まっているのだ。だから私が、いつものように家事と祖母の世話をこなす。大丈夫。これくらい、毎日やってることなんだから。連休の間、特別なことなんて何もない。学校がない分、睡眠時間だけはしっかり取れるからましだった。

 それでも勉強はやっぱり思うようには進まなかった。
 祖母が突如として私を「透くん」と呼びつける。
 排泄の世話はもちろんのこと、ちょっとしたものを取って、と言ってきたり、お腹が空いたと喚いたり。ひどい時はご飯を食べて三十分後にまた「ご飯」と言い出す。認知症患者のよくある症例の一つだ。食事をとったことを忘れてしまう。祖母の症状は、刻一刻と悪化していた。

 夜中に梨斗に会うことだけが、唯一の癒しだ。
 今日も一日頑張ったら梨斗に会える。
 最近は梨斗も少しずつパーソナリティを開示してくれるようになった。
 好きな食べ物はビーフシチュー。
 嫌いな食べ物はトマト。
 好きなテレビ番組は「お笑い! 上等」というお笑い番組。
 お笑い芸人は「ハマチ」という、何年か前にブレイクした二人組を気に入っていて、今でも追いかけている。
 ゲームは好きだけれど、今はゲーム機を持っていないのでサンタさんにお願いしたいらしい。

 彼と会うたびに、影になっていた彼の姿が浮かび上がるように、一つずつ彼のことを知っていった。彼は情報を小出しにするタイプなのか、一度にすべては語らない。一夜に一つ。彼が私に自分という人間を曝け出してくれる。十五分しか時間がないから、一つの話題だけで時間が終わってしまうのだった。
 けれど、核心的なことはまだ一つも教えてくれない。
 梨斗はどこから来て、どこへ帰っていくのか。
 どうして廃園後の遊園地に入ることができるのか。
 城北高校の制服を着ているのに、なぜうちの学校では姿が見当たらないのか。
 幽霊かどうか質問した時に「半分正解で半分不正解」と言った言葉の真意はなんなのか。
 梨斗は私のことを、どう思っているのか——。
 葉加瀬梨斗という人間の輪郭はぼやけていて、私はまだ彼を掴みきれていない。
 ただ、楽しい。優しい。彼といれば心が慰められる。その時間は、自分のためだけに時間を使っていると感じられる。そう思うのは事実だ。だからこそ、私は梨斗のことを知りたかった。
 願わくば、この先も長い時間、一緒にいたい。
 いつしか私の心は、彼と会っていない間も、彼で埋め尽くされていた。