「志摩先生っ」

 いつもと変わらず、ひっつめ髪をした彼女は能面のような表情でそこに立っていた。手には封筒が握られている。今日の配布物を届けてくれたのだろうか。ただ、わざわざ先生自ら私の家に来るなんて、配布物を持ってくることが目的ではないことは明らかだった。

「三崎さん、体調はどうですか。一日休んで、元気になりましたか」

 皮肉めいた一言が刺さる。
 先生は知っているのだ。私が今日、本当は体調不良ではないことを。

「……はい、だいぶ良くなりました」

 自然と足が震えて、二、三歩後ずさる。「そうですか。それは良かったです」と返答する先生の目は三日型ににゅっと細くなった。笑っている。無表情以外の先生の顔を見るのが初めてだった私は、我が目を疑った。

「ところで三崎さん、少し話をしませんか」

「話? こんなところで?」

「もし差し支えなければ、お部屋に上がらせてもらえると嬉しいのですが」

 何を考えているのだろう。ちょっとした話なら、わざわざ部屋に上がる必要はないはずだ。蛇のようにじっと私を睨む先生を見ていると、全身の筋肉が緊張でぎゅっと硬くなるのを感じた。
 けれど、ここで先生の誘いを断る勇気もない。体調不良とう嘘はきっととっくにバレているのだから——。

「……分かりました。どうぞ」

 渋々先生を部屋まで案内する。二階の部屋へ行くのに、ギシギシと階段が軋む音がいやに耳障りだった。

「ご両親はいないのですか」

「まだ仕事から帰ってきていなくて」

「なるほど。じゃあちょうど良いですね」

 ちょうど良い?
 不穏な一言に、私のことを襲おうとでもしているのかと警戒する。いや、さすがにそんなことすれば志摩先生の人生は終わってしまうだろうから、大丈夫だろうけれど。先生のことだから、何をしでかすか予想がつかなくて怖かった。

 二人で部屋に入ると、ローテーブルの前に対面して腰掛ける。
 先生と自分の部屋で至近距離で座っていることに違和感を覚えつつ、「お茶を準備しなきゃ」と立ちあがろうとした。

「ああ、お構いなく。お茶はいらないです。それより三崎さん、私はあなたの秘密を知っています」

「……え?」

 何の脈絡もない一言に、浮かせていた腰が止まる。
 再びぺたんとお尻を床につけると、彼女はやっぱりあの怪しげな笑みを浮かべていた。

「あなたの秘密を、知ってるんです」

 サーっと自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。
 私の秘密を知ってるって?
 一体どうして今そんなことを?
 緊張で額から汗が滴ってくる。部屋着の袖口でそっと汗を拭った。

「三崎さん、今日学校を休んだのは体調不良が原因ではありませんね。玄関で私を見た時の反応ですぐに分かりましたよ。ダメじゃないですか、私の前で嘘をついては」

「すみません……」

 もはやこれ以上嘘を重ねる気にもなれず、素直に謝った。
 だがもちろん、そんなことで先生からの攻撃は止まらない。

「嘘をついたあなたには罰を——と言いたいところですが、こうやって部屋に案内してくれたことですし、少しアドバイスをして差し上げます」

 予想外の一言に、喉から言葉にならない驚きの声が漏れる。アドバイスだって? 先生は何を考えているの。いつもなら、私をとことん追い詰めるために、先生が気づいたという私の「秘密」を教室で暴露するはずだ。
 心臓の音がどんどん大きくなっている。
 目の前の人間が、何を考えているのか分からない。
 それだけで人間はこんなにも恐怖し、萎縮してしまうものなのだ。