私と和真が職員室に乗り込んだあの一件以来、志摩先生の目が常に自分の方に向いているような気がしていた。
クラスメイトたちが志摩先生の前で不用意な発言をしないように口を慎むのが日常になった。数学の授業の時間は、教室の温度が二度下がったかのように冷え切っている。HRではシンと静まり返り、空気が死んでいるかのようだった。
ここ一ヶ月、二ヶ月の間に二年二組の教室はすっかり変わってしまった。
クラスのムードメーカーだった生徒も、みんなの注目の的だった気の強い女子グループの生徒も、誰一人として自分を出さなくなった。十人十色だったそれぞれの人間が灰色一色に染められていくみたいに。個性を出さずに息を潜めていれば、先生のターゲットにされることはない。
たった一人の教師の影響で、ここまでクラスが変わってしまうなんて、思ってもみなかった。
私は、志摩先生に職員室で指摘されそうになった自分の中の秘密がどうにか暴かれないように、怯えながら過ごしていた。が、とうとう心に限界が来て、学校を休んだ。
先生は知っている。
先生は私の嘘を見抜いている。
そう思うと、朝目が覚めて玄関で靴を履くことができなかった。「どうしたの?」と私を心配してきた母に、体調が悪いのだと嘘をついた。
「本当に体調不良? もしかしてあんた、また人間関係で悩んでる?」
母の質問にどきりとした。
中学生の頃、私は一時的に不登校に陥ったことがある。原因は母が言う通り人間関係で悩みができてしまったからだ。決していじめられていたとかそういう類のものではない。友達はそれなりにいた。小学生の頃、信じていた友達にはめられたことがあったのをきっかけに、その後の人生では細心の注意を払いながら友達と関わっていたから。
それなのに中学の頃に不登校になったのは、別の理由からだった。
母には詳細を伝えていないが、何となく気づいているのだと思う。
あれ以来、私を腫れ物扱いすることが増えたし、学校を休みたいと言うと、すぐにあの時のように不登校になるんじゃないかって疑っている。心配してくれていることは分かるけれど、母に自分の悩みを打ち明けたところで、待っている未来を想像すると吐き気すら込み上げた。
「そういうんじゃないよ。本当に体調が悪いだけ」
余計な詮索をされないよう、当たり障りのない理由でなんとか凌ぎたかった。
「そう。じゃあそういうことにしておくけど。ちゃんと休みなさい」
「はーい」
これから仕事に行く母は、これ以上私の欠席の理由を追及する気にはならなかったらしい。「冷蔵庫にヨーグルトとゼリーがあるから良かったら食べて」と必要最低限の言付けをすると、学校に連絡をしてさっさと支度をして仕事へと出掛けてしまった。
この嘘も、先生にばれてしまうんだろうか。
考えるだけでげんなりとする。でも、今は先の未来で先生に嘘を暴かれることよりも、今先生と顔を合わせて私の“秘密”を暴かれてしまうことの方が恐ろしかった。
そうだ、志摩先生はいつどこで、あのことについて触れてくるか分からない。彼女は知っている。クラスのみんなの私生活のこと、みんなが隠していることを。だからこそ嘘をついた生徒を追い詰めることができるのだ。どうやって情報を入手しているのかは分からないけれど、彼女に逆らえば、自分のひた隠しにしているどんな事情を暴かれても仕方ないように感じた。
まる一日、何もすることがなくて無為に過ごした。昨日出された宿題が終わってなかったので、とりあえずやるべきことを終わらせる。
午後六時、母親が帰って来る前に、玄関のインターホンが鳴った。
「はい」
宅配だろうか。他に家に誰もいないので、仕方なく私が出ることにした。
玄関扉を開けると、そこに立っている人物を見てはっと息をのんだ。
クラスメイトたちが志摩先生の前で不用意な発言をしないように口を慎むのが日常になった。数学の授業の時間は、教室の温度が二度下がったかのように冷え切っている。HRではシンと静まり返り、空気が死んでいるかのようだった。
ここ一ヶ月、二ヶ月の間に二年二組の教室はすっかり変わってしまった。
クラスのムードメーカーだった生徒も、みんなの注目の的だった気の強い女子グループの生徒も、誰一人として自分を出さなくなった。十人十色だったそれぞれの人間が灰色一色に染められていくみたいに。個性を出さずに息を潜めていれば、先生のターゲットにされることはない。
たった一人の教師の影響で、ここまでクラスが変わってしまうなんて、思ってもみなかった。
私は、志摩先生に職員室で指摘されそうになった自分の中の秘密がどうにか暴かれないように、怯えながら過ごしていた。が、とうとう心に限界が来て、学校を休んだ。
先生は知っている。
先生は私の嘘を見抜いている。
そう思うと、朝目が覚めて玄関で靴を履くことができなかった。「どうしたの?」と私を心配してきた母に、体調が悪いのだと嘘をついた。
「本当に体調不良? もしかしてあんた、また人間関係で悩んでる?」
母の質問にどきりとした。
中学生の頃、私は一時的に不登校に陥ったことがある。原因は母が言う通り人間関係で悩みができてしまったからだ。決していじめられていたとかそういう類のものではない。友達はそれなりにいた。小学生の頃、信じていた友達にはめられたことがあったのをきっかけに、その後の人生では細心の注意を払いながら友達と関わっていたから。
それなのに中学の頃に不登校になったのは、別の理由からだった。
母には詳細を伝えていないが、何となく気づいているのだと思う。
あれ以来、私を腫れ物扱いすることが増えたし、学校を休みたいと言うと、すぐにあの時のように不登校になるんじゃないかって疑っている。心配してくれていることは分かるけれど、母に自分の悩みを打ち明けたところで、待っている未来を想像すると吐き気すら込み上げた。
「そういうんじゃないよ。本当に体調が悪いだけ」
余計な詮索をされないよう、当たり障りのない理由でなんとか凌ぎたかった。
「そう。じゃあそういうことにしておくけど。ちゃんと休みなさい」
「はーい」
これから仕事に行く母は、これ以上私の欠席の理由を追及する気にはならなかったらしい。「冷蔵庫にヨーグルトとゼリーがあるから良かったら食べて」と必要最低限の言付けをすると、学校に連絡をしてさっさと支度をして仕事へと出掛けてしまった。
この嘘も、先生にばれてしまうんだろうか。
考えるだけでげんなりとする。でも、今は先の未来で先生に嘘を暴かれることよりも、今先生と顔を合わせて私の“秘密”を暴かれてしまうことの方が恐ろしかった。
そうだ、志摩先生はいつどこで、あのことについて触れてくるか分からない。彼女は知っている。クラスのみんなの私生活のこと、みんなが隠していることを。だからこそ嘘をついた生徒を追い詰めることができるのだ。どうやって情報を入手しているのかは分からないけれど、彼女に逆らえば、自分のひた隠しにしているどんな事情を暴かれても仕方ないように感じた。
まる一日、何もすることがなくて無為に過ごした。昨日出された宿題が終わってなかったので、とりあえずやるべきことを終わらせる。
午後六時、母親が帰って来る前に、玄関のインターホンが鳴った。
「はい」
宅配だろうか。他に家に誰もいないので、仕方なく私が出ることにした。
玄関扉を開けると、そこに立っている人物を見てはっと息をのんだ。



