「……この気持ちは、俺のものです」
だらりと下げた腕の先で、拳を握りしめる和真が答えた。彼の腕が震えている。私は、和真が先生の言う通り嘘をついているのだとはっきりと理解した。
和真はみんなの期待に、応えたかったんだろうか。
ふと彼の心中を察して胸が締め上げられるような心地にさせられた。
「和真は嘘なんかついていません」
私の声も震えていた。
和真の方に詰め寄っていた志摩先生の首が九十度回転して、私の目を睨め付けた。
「三崎さん、ようやく口を開いたかと思えばそんなこと。あなたは脇田くんの恋人なんですよね。恋人の肩を持ちたい気持ちは分かりますが、私に口答えなんかして大丈夫ですか」
「……どういう意味ですか」
「そのままの意味ですよ。自分でも分かってるんでしょう? あなたは脇田くんに対して」
先生がそこまで言った時、私の中で何かが弾けた。
「やめてくださいっ!」
ぜえぜえ、と荒い呼吸が口から漏れた。
隣で私と志摩先生の会話を聞いていた和真の目が大きく見開かれる。
職員室中の先生たちが私たちに注目しているのが分かった。
「ちょっと志摩先生、大丈夫なんですか?」
見かねた隣の一組担任の男性教師、高井先生が私たちの間に割って入る。志摩先生は無表情を貫いていた。
「ええ、ちょっとした指導をしていただけです」
「はあ。それにしてもヒートアップしているようだったので。君たちはえっと、脇田くんと三崎さんだね。今日はもう帰りなさい」
このまま志摩先生と私たちが職員室の中で話をしていても埒が明かないと思ったんだろう。私たちの会話をどこまで聞いていたのか分からないが、志摩先生の隣の席で仕事をしている彼は、事情を察してくれたのかもしれない。
「……分かりました。お騒がせしてすみませんでした」
我に返った様子の和真が、大人しく頭を下げる。子供なのに大人の対応をする和真を見て、ドクドクと大量の血液を送り出して暴れていた私の心臓の動きがすっと落ち着いていくのを感じた。
「言いたいことがまだあるのなら、また言いにきてもいいわよ。何を言われても、私の主張は変わりませんから」
最後に挑発するようなことを言ってきた志摩先生に、和真は返事をすることなくくるりと踵を返す。そうか。和真も、本当は悔しいんだ。大人らしく振る舞っていくれているのはきっと私のため。そう思うと、今すぐ彼の手を握りしめたい衝動に駆られた。
「ごめん、心音にストレス与えちまって」
職員室を出て最初に彼が口にした言葉はそれだった。
「ううん、和真のせいじゃないよ。和真はみんなのために闘おうとしてくれただけなんだもん」
和真は悪くない。いつも、みんなのために矢面に立とうとしてくれている。周りから信頼されているのは、彼のそんな正義感が美しいからだ。誰も、和真のことを責めることはできない。
「志摩先生の言ってたことは気にしなくていいと思うよ。言葉巧みに和真の気持ちを操ろうとしてるだけだよ」
「ああ、そうだな……。うん、そう思うことにするよ」
——今自分が感じている気持ちは、本当にあなた自身のもの?
志摩先生が和真に投げかけた言葉が、頭の中で何度もリフレインする。
言われていたのは和真なのに、私は、まるで自分が責められているように感じていた。
「心音も、あいつの言うことは気にすんな。かまかけただけだ」
「そう、だね」
——あなたは脇田くんに対して。
志摩先生はその先に、何を言おうとしていたんだろう。想像するだけで身体の震えが止まらなくなる。あの瞬間、私は自分の中で大事に隠していた気持ちを彼女に暴かれそうだと感じて危機感を覚えたのだ。
隣で額に汗を流している和真をそっと見やる。
和真には絶対に知られたくない……。
だからこそ、職員室の中で「やめてください」と感情任せに大声を上げてしまった。
志摩先生は一体何者なのか。
どうして私や他の生徒の嘘を見破って、その人の置かれている状況や信条を揺さぶろうとするのか。彼女は何がしたいのか。
推しはかることのできない先生の気持ちを想像し、怯え、戸惑う。
きっと和真も同じだろう。
対策本部を立てようとクラスでは宣言して見せたものの、早くも壁にぶち当たってしまった。私たちでは、志摩先生の暴走を止められないかもしれない。これからの学校生活がどう壊れていくのかを想像すると、吐き気が止まらなくなってえずいた。
和真が私の背中をさする。その優しさと切実さに満ちた感触に、心臓を素手で撫でられているような居心地の悪さを覚えたのもまた事実だった。
だらりと下げた腕の先で、拳を握りしめる和真が答えた。彼の腕が震えている。私は、和真が先生の言う通り嘘をついているのだとはっきりと理解した。
和真はみんなの期待に、応えたかったんだろうか。
ふと彼の心中を察して胸が締め上げられるような心地にさせられた。
「和真は嘘なんかついていません」
私の声も震えていた。
和真の方に詰め寄っていた志摩先生の首が九十度回転して、私の目を睨め付けた。
「三崎さん、ようやく口を開いたかと思えばそんなこと。あなたは脇田くんの恋人なんですよね。恋人の肩を持ちたい気持ちは分かりますが、私に口答えなんかして大丈夫ですか」
「……どういう意味ですか」
「そのままの意味ですよ。自分でも分かってるんでしょう? あなたは脇田くんに対して」
先生がそこまで言った時、私の中で何かが弾けた。
「やめてくださいっ!」
ぜえぜえ、と荒い呼吸が口から漏れた。
隣で私と志摩先生の会話を聞いていた和真の目が大きく見開かれる。
職員室中の先生たちが私たちに注目しているのが分かった。
「ちょっと志摩先生、大丈夫なんですか?」
見かねた隣の一組担任の男性教師、高井先生が私たちの間に割って入る。志摩先生は無表情を貫いていた。
「ええ、ちょっとした指導をしていただけです」
「はあ。それにしてもヒートアップしているようだったので。君たちはえっと、脇田くんと三崎さんだね。今日はもう帰りなさい」
このまま志摩先生と私たちが職員室の中で話をしていても埒が明かないと思ったんだろう。私たちの会話をどこまで聞いていたのか分からないが、志摩先生の隣の席で仕事をしている彼は、事情を察してくれたのかもしれない。
「……分かりました。お騒がせしてすみませんでした」
我に返った様子の和真が、大人しく頭を下げる。子供なのに大人の対応をする和真を見て、ドクドクと大量の血液を送り出して暴れていた私の心臓の動きがすっと落ち着いていくのを感じた。
「言いたいことがまだあるのなら、また言いにきてもいいわよ。何を言われても、私の主張は変わりませんから」
最後に挑発するようなことを言ってきた志摩先生に、和真は返事をすることなくくるりと踵を返す。そうか。和真も、本当は悔しいんだ。大人らしく振る舞っていくれているのはきっと私のため。そう思うと、今すぐ彼の手を握りしめたい衝動に駆られた。
「ごめん、心音にストレス与えちまって」
職員室を出て最初に彼が口にした言葉はそれだった。
「ううん、和真のせいじゃないよ。和真はみんなのために闘おうとしてくれただけなんだもん」
和真は悪くない。いつも、みんなのために矢面に立とうとしてくれている。周りから信頼されているのは、彼のそんな正義感が美しいからだ。誰も、和真のことを責めることはできない。
「志摩先生の言ってたことは気にしなくていいと思うよ。言葉巧みに和真の気持ちを操ろうとしてるだけだよ」
「ああ、そうだな……。うん、そう思うことにするよ」
——今自分が感じている気持ちは、本当にあなた自身のもの?
志摩先生が和真に投げかけた言葉が、頭の中で何度もリフレインする。
言われていたのは和真なのに、私は、まるで自分が責められているように感じていた。
「心音も、あいつの言うことは気にすんな。かまかけただけだ」
「そう、だね」
——あなたは脇田くんに対して。
志摩先生はその先に、何を言おうとしていたんだろう。想像するだけで身体の震えが止まらなくなる。あの瞬間、私は自分の中で大事に隠していた気持ちを彼女に暴かれそうだと感じて危機感を覚えたのだ。
隣で額に汗を流している和真をそっと見やる。
和真には絶対に知られたくない……。
だからこそ、職員室の中で「やめてください」と感情任せに大声を上げてしまった。
志摩先生は一体何者なのか。
どうして私や他の生徒の嘘を見破って、その人の置かれている状況や信条を揺さぶろうとするのか。彼女は何がしたいのか。
推しはかることのできない先生の気持ちを想像し、怯え、戸惑う。
きっと和真も同じだろう。
対策本部を立てようとクラスでは宣言して見せたものの、早くも壁にぶち当たってしまった。私たちでは、志摩先生の暴走を止められないかもしれない。これからの学校生活がどう壊れていくのかを想像すると、吐き気が止まらなくなってえずいた。
和真が私の背中をさする。その優しさと切実さに満ちた感触に、心臓を素手で撫でられているような居心地の悪さを覚えたのもまた事実だった。



