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「志摩先生!」

 職員室から出て、ツカツカと足を鳴らしながら歩く志摩先生を見つけた私は、廊下の端から彼女の名前を呼んだ。
 先生はぴたりと動きを止めて、こちらを振り返る。ひっつめ髪のポニーテールがぐるんと揺れる。開いた廊下の窓からは、運動場でサッカーや野球をする部活動生の元気な声が聞こえてきた。

「まだ何か用かしら、三崎さん」

 先生が私を見つめるまなざしは揺らがない。教室で生徒たちを見回す彼女のまま、そこに立っていた。
 私は一歩ずつ先生の元へと歩く。 

「先生、私気づいたんです。先生のことを、もっと知りたいなって思って」

 心臓の音がどんどん大きくなっているのに気づいた。面と向かって志摩先生に本音を打ち明けたことで、胸がきゅっと締め付けられた。昨日の私と今日の私はまったく違っている。先生のことを、自分と同じ、誰かの嘘で傷ついてきた経験を持つ先生を、私はひどく求めてしまう。
 私の言葉をどう受け止めたか、先生はじっと私を見つめた。
 やがて「ふう」とゆっくりと息を吐いて一言、

「これから時間はあるかしら」

 と問うた。
 驚きで心臓が跳ねる。その後すぐに、「はい」と首肯した。

「じゃあ、あっちの資料室で話しましょう。実は私も、あなたとはまだ話し足りないと思ったから」
 
 先生と並んで、長い廊下を突き進む。
 資料室にたどり着くまでの間、かつて味わったことのない高揚感が私を包み込んでいたことは、みんなには秘密だ。



【終わり】