高校生になり、今度は失態を晒さないように注意して生活した。
 もちろん、好きな子ができても気持ちを伝えることは絶対にしない。
 この性質はひた隠しにして高校三年間を乗り切ろうと決意した。
 そんな中、和真から告白を受けた。
 嬉しかった。クラスでも憧れの的である和真と付き合ったら、私は変われるかもしれない。それにもしかしたら、自分は同性愛者ではなく、両性愛者かもしれない——一縷の望みにかけて、彼の告白を受け入れた。
 結果は……この通りだ。
 交際を半年以上経つが、私は和真のことを好きになりきれていない。
 私が自分と和真についた嘘を、志摩先生はこんなにもあっさりと見破ってしまったのだ。

「脇田くん、今の三崎さんの反応で分かったでしょう。これから二人が交際を続けることになんの意味もないわ。お互い不幸になるだけ。だからもうやめた方がいい。三崎さん、警告したでしょ。あなたはこれ以上脇田くんの人生を破滅したいの?」

 先生の鋭い声が、言葉が、私の胸を突き刺し、ぐりぐりと抉る。
 ずっと、先生のことが怖かった。
 初めてこのクラスに先生が現れた日から恐怖政治のように生徒の嘘を咎める先生を、得体の知れない怪物のように思ってきた。
 だけど今、そんな先生の言葉が、少しずつ私の身体に浸透している。
 不思議な気分だった。
 私は先生が怖くて苦手だったはずなのに、先生の言葉をどうしても求めてしまう。 
 私の被っていた嘘の皮を剥ぎ取り、内側に包まれていた本性をいとも簡単に引き摺り出してしまう先生のことを、どういうわけか憎めないのだ。
 ああ、そうか。
 私は誰かに知って欲しかったんだ。
 本当の私を。私を私のままで理解してくれる誰かを。

「……先生」

 和真から痛いくらいの視線を頂戴している中、私は志摩先生を見つめる。和真が弾かれたような顔をした。
 和真、ごめんね。
 何度も心の中で彼に謝る。謝っても謝りきれない。だがどうしても私は、先生と対話をしたくて仕方がなかった。

「先生も他人に嘘をつかれて人生を壊されたって言ってましたよね。教えてください。先生はどんな嘘をつかれたんですか?」

 ただ、知りたかった。
 先生が生徒に対してこれほどまでに嘘をつくことを嫌うのは、先生自身のトラウマが原因だと分かったから。
 先生は、先生の心に巣食っているそのトラウマを、誰かに話したいんじゃないだろうか。私には先生の気持ちが分かる。だって私たちは、“同類”だから。
 他人に嘘をつかれたことで人生を狂わされた経験がある人間同士だった。

 志摩先生は数分の間、私をじっと見つめて何かを考えている様子だった。和真がそんな先生の姿を窺い、ごくりと唾をのみこむのが分かった。私は待っていた。ただひたすら、先生が私に心を開いてくれる瞬間を。
 そしてついに、彼女は躊躇いながら口を開いたのだ。

「……私の親は、いわゆる“毒親”だったの。私が友達と遊ぶのも、習い事をするのも、勉強も、全て母親が干渉してきた。父はいなかった。母は“自分が認める友達以外とは遊ばせない”と言って、私の交友関係を支配した。同じように、習い事も勉強も、全て母の管理下にあった。母の言う通りにしなければ、叩かれたの。頬を打たれて、背中をびしばしと、何度も。私は常に母の目を窺い、囚人のような日々を過ごしていた」

 突如先生の口から語られる子供時代の記憶に、今度は私の方がぞっと全身の毛を逆立てる番だった。
 先生の育ってきた家庭を想像すると、こちらまで胸がきゅっとなって、窮屈な心地にさせられた。