「心音が俺のことを好きじゃない? どうして、先生がそんなことを」
そう言いながら、和真は私の目をじっと見つめた。彼の両方の目は驚愕に見開かれて「本当なのか」と私に問う。「あ、う」と声にならない吐息が私の口から漏れて出た。何か言わなきゃ。否定しなきゃ。頭ではそう思うのに、身体が動いてくれない。そんな私の反応を見て、和真は先生の発言が真実だと悟ったのか、「そう、だったのか」と項垂れた。
絶望に滲む彼の表情を目の当たりにして、心臓を鋭利なナイフで突かれたような痛みが走る。
和真のこんな顔を見たくなかった。
だからあの日、自分の気持ちに嘘をついてしまった時から、必死に和真のことを好きになろうと頑張ってきたのに。
優しい彼のことを傷つけたくなくて、自分は世界一幸せな彼女だって思い込もうとした。
みんなが憧れる和真の彼女なんだから、彼を愛さなきゃって躍起になっていた。
そんな中、私たちのクラス、二年二組に現れたのが志摩先生だった。
先生は徹底的に生徒が嘘をつくのを嫌った。
私は怖かった。
いつか先生にこの嘘がバレてしまうんじゃないかって、毎日怖くてたまらなかった。
先生に自分の嘘が、秘密が、知られていると確信したのは昨日のことだ。
そして先生は壊しにきた。
私の嘘を見破って、私たちの関係を終わらせにきた。
これ以上、大事な教え子である和真が私の嘘により人生を壊され続けることがないように——。
「三崎さんが脇田くんと一緒にいるところを見れば、彼女が自分の気持ちに嘘をついていることぐらいすぐに分かりました。三崎さんは脇田くんにどこか遠慮しているような態度をとっていますから。以前二人で職員室に来た時も、脇田くんが三崎さんに頼んでペアでやって来たんでしょう。半ば強引に。三崎さんは、自分が思っている以上に気持ちが表情に出てしまうタイプです。と言っても、私のように常に他人の嘘を見破ろうとしている人間でなければ、気づかない程度ですが。だから脇田くんは気づかなかった。三崎さんが本当は脇田くんのことを好きではないことに。三崎さん、あなたは——同性愛者なんでしょう?」
ガツンと頭を殴られた感覚と、胸を締め上げられるような苦しさに、私は思わず呻き声を上げた。
完全に先生の言うとおりだった。
自分でも、そんなはずはないと否定してきた自分のアイデンティティを、こうも簡単に見破られてしまうなんて。
「本当なのか、心音……?」
和真の声が泣きそうになって震えていた。
ひゅうひゅうと私の口から不自然な吐息が漏れる。
過呼吸になりそうな身体を必死に宥めながら、「ごめん……」と一言呟く。
和真の顔が青白く染まっていく。
突きつけられた現実を受け入れられずに、放心状態に陥ってしまっているようだった。
志摩先生に言われたことは、全部その通りだった。
私は和真のことを、恋愛的な意味で好きではない。
同性愛者というのも本当だ。
気づいたきっかけはなんだっただろうか。和真に告白されるよりもずっと前、たぶん小学生の頃のことだ。
信じていた友達——一葉に嘘をつかれた時、私はひどいショックを受けた。
最初は単に友達から騙されたことが悲しいのだと思っていた。でも違った。仲良くしてくれていた一葉が私から離れていった時、言いようもないほどの寂しさと切なさを覚えて胸が苦しくなったのだ。
私は一葉のことが好きなんだ。
だからこんなにも胸が疼くのだ。
中学生に上がってからも、不登校になった時期があったが、それは女友達との関係がこじれてしまったのが原因だった。
自分は女の子にしか恋愛感情を抱けない。
とっくにそう気づいていた私は、多様性の時代だ、同性愛者なんて今や特別でもなんでもない——そう信じて、気になっていたクラスの女の子に告白をしたのだ。
その時、彼女は複雑な笑顔を浮かべて「ありがとう。でもごめんね」と答えた。それ自体は仕方がないと思った。相手も同性愛者とは限らないし、最初から上手くいくとも思っていなかった。
問題が起きたのは翌日のことだ。
——三崎さんってレズなんだって。
クラスメイトの誰かが噂する声を偶然耳にしてしまった。ううん、あれは偶然なんかじゃなかったんだろう。わざと私に聞こえるようにして言ったのだ。
その日を皮切りに、クラスではどんどん私が同性愛者であることが広まっていって。
教室にいづらくなった私は家に引き篭もるようになった。
そう言いながら、和真は私の目をじっと見つめた。彼の両方の目は驚愕に見開かれて「本当なのか」と私に問う。「あ、う」と声にならない吐息が私の口から漏れて出た。何か言わなきゃ。否定しなきゃ。頭ではそう思うのに、身体が動いてくれない。そんな私の反応を見て、和真は先生の発言が真実だと悟ったのか、「そう、だったのか」と項垂れた。
絶望に滲む彼の表情を目の当たりにして、心臓を鋭利なナイフで突かれたような痛みが走る。
和真のこんな顔を見たくなかった。
だからあの日、自分の気持ちに嘘をついてしまった時から、必死に和真のことを好きになろうと頑張ってきたのに。
優しい彼のことを傷つけたくなくて、自分は世界一幸せな彼女だって思い込もうとした。
みんなが憧れる和真の彼女なんだから、彼を愛さなきゃって躍起になっていた。
そんな中、私たちのクラス、二年二組に現れたのが志摩先生だった。
先生は徹底的に生徒が嘘をつくのを嫌った。
私は怖かった。
いつか先生にこの嘘がバレてしまうんじゃないかって、毎日怖くてたまらなかった。
先生に自分の嘘が、秘密が、知られていると確信したのは昨日のことだ。
そして先生は壊しにきた。
私の嘘を見破って、私たちの関係を終わらせにきた。
これ以上、大事な教え子である和真が私の嘘により人生を壊され続けることがないように——。
「三崎さんが脇田くんと一緒にいるところを見れば、彼女が自分の気持ちに嘘をついていることぐらいすぐに分かりました。三崎さんは脇田くんにどこか遠慮しているような態度をとっていますから。以前二人で職員室に来た時も、脇田くんが三崎さんに頼んでペアでやって来たんでしょう。半ば強引に。三崎さんは、自分が思っている以上に気持ちが表情に出てしまうタイプです。と言っても、私のように常に他人の嘘を見破ろうとしている人間でなければ、気づかない程度ですが。だから脇田くんは気づかなかった。三崎さんが本当は脇田くんのことを好きではないことに。三崎さん、あなたは——同性愛者なんでしょう?」
ガツンと頭を殴られた感覚と、胸を締め上げられるような苦しさに、私は思わず呻き声を上げた。
完全に先生の言うとおりだった。
自分でも、そんなはずはないと否定してきた自分のアイデンティティを、こうも簡単に見破られてしまうなんて。
「本当なのか、心音……?」
和真の声が泣きそうになって震えていた。
ひゅうひゅうと私の口から不自然な吐息が漏れる。
過呼吸になりそうな身体を必死に宥めながら、「ごめん……」と一言呟く。
和真の顔が青白く染まっていく。
突きつけられた現実を受け入れられずに、放心状態に陥ってしまっているようだった。
志摩先生に言われたことは、全部その通りだった。
私は和真のことを、恋愛的な意味で好きではない。
同性愛者というのも本当だ。
気づいたきっかけはなんだっただろうか。和真に告白されるよりもずっと前、たぶん小学生の頃のことだ。
信じていた友達——一葉に嘘をつかれた時、私はひどいショックを受けた。
最初は単に友達から騙されたことが悲しいのだと思っていた。でも違った。仲良くしてくれていた一葉が私から離れていった時、言いようもないほどの寂しさと切なさを覚えて胸が苦しくなったのだ。
私は一葉のことが好きなんだ。
だからこんなにも胸が疼くのだ。
中学生に上がってからも、不登校になった時期があったが、それは女友達との関係がこじれてしまったのが原因だった。
自分は女の子にしか恋愛感情を抱けない。
とっくにそう気づいていた私は、多様性の時代だ、同性愛者なんて今や特別でもなんでもない——そう信じて、気になっていたクラスの女の子に告白をしたのだ。
その時、彼女は複雑な笑顔を浮かべて「ありがとう。でもごめんね」と答えた。それ自体は仕方がないと思った。相手も同性愛者とは限らないし、最初から上手くいくとも思っていなかった。
問題が起きたのは翌日のことだ。
——三崎さんってレズなんだって。
クラスメイトの誰かが噂する声を偶然耳にしてしまった。ううん、あれは偶然なんかじゃなかったんだろう。わざと私に聞こえるようにして言ったのだ。
その日を皮切りに、クラスではどんどん私が同性愛者であることが広まっていって。
教室にいづらくなった私は家に引き篭もるようになった。



