♦︎最上愛優の独白

 初めまして、最上愛優です。アユって名前ですけど、漢字は魚の鮎じゃありません。愛に優しいと書いて、アユです。自己紹介するときは必ず漢字まで説明するようにしてるんです。話してるときに魚の鮎を想像されたら嫌じゃないですか。せっかく漢字は可愛いのに、どうしてお母さんはアユなんて響きの名前にしたんだろうって、ずっと思っています。これから少し触れますが、名前の由来はすごく単純なんですけどね。
 私は今年、十八歳になりました。もうすぐ高校を卒業して、春からは家を出ます。一人暮らし、憧れていたんですよね。お父さんには反対されたんですけど、半年かけて説得しました。一人暮らしがそんなにしたかったのかと言われれば、まあ間違いではないですけど、本当の理由は……違います。

 私には妹が一人います。妹といっても年は離れていません。年子なわけでもなければ、血の繋がらない姉妹というわけでもありません。私と妹は双子なのです。一卵性双生児なので、顔はそっくり。今でこそ性格は似ていないのですが、子どもの頃は今よりもっと似ていたそうです。
 私は幼い頃からしょっちゅう周りの人に妹と間違えられてきました。逆も然り。妹は私とよく間違えられるようで、私と愛優ちゃんってそんなに似てる? とよく首を傾げていました。
 元々一つの命だったはずが、二つに分かれた存在。魂を分け合った私の片割れ。それが遊亜、私の妹の名前です。一卵性の双子だから、似た名前にしたい。二人で一つ。名前をひっくり返したらお互いの名前になる、そんな響きの名前を探した結果、愛優と遊亜になったそうです。ね、単純な理由でしょ?

 一卵性の双子といえば、不思議な話を聞いたことがありませんか。
 たとえば片方が怪我をすると、そのことを知らないはずのもう一方も同じ場所の痛みを訴える。他にも互いの体調の変化に気づくことができる。考えていることが分かる。挙げればキリがないですね。ちなみに私と遊亜の間に、そういった不思議な現象が起こったことは一度もありません。言おうとしたことが被る、くらいの些細なことならありますが、それは同じ環境で育ってきたのだから珍しいことでもないと思うのです。
 だから私は一卵性の双子ならではの、繋がりのようなものは信じていなかったんです。同じ顔に同じ遺伝子だからといって、結局別の人間なわけですから。
 かといってもちろん他人ではありません。私は遊亜のことを、誰よりも近い存在だと思っていました。家族の中でも、一番。遊亜以外に兄弟がいないので、普通の兄弟姉妹がどんな関係なのか、私には分かりません。でも私にとって遊亜は、お父さんやお母さんよりも、仲のいい親友よりも、大好きな人よりも、ずっとずっと近い、存在だったんです。

 どうして私がこんな映像を撮っているのか、まだお話していませんでしたね。この動画と、私が家を出たい理由。二つは関わっているんです。
 妹から……離れたいんです。もちろん妹が嫌いだというわけではありません。あまりにも似過ぎていて比べられたりすることが多いので、少し離れた環境にいきたいというのもあります。私が一卵性の双子だということを誰も知らない環境にいきたい。そういう気持ちも嘘ではありませんけど……。
 でも、それだけなら何が何でも一人暮らしをしたいとは言わなかったでしょう。同じ家に住んでいても、妹と違う進路を選べばよかっただけですから。

 私は、妹が怖いんです。いえ、昔から怖かったわけではありません。二年前……ある事件がありました。その後からです。私はなぜかその日から、遊亜のことを妹だと思えなくなってしまいました。妹に、何か特別な変化があったわけではないのです。ただ、今までと何かが違う。妹の隣に立っても以前のような安心感が得られなくて。妹と顔を合わせても、今までと同じ顔のはずなのに別人のように見えてしまう。お父さんやお母さんはそんなこと言いません。遊亜の変化……と呼べるのでしょうか。違和感、そうですね、違和感の方がしっくりきます。妹の違和感に気づいているのは私だけだったので、もしかしたら勘違いかとも思っていました。
 でも遊亜が知らない人になってしまったような、そんな違和感がどうしても消えないのです。私はいつから妹に違和感を覚え始めたのか、気になって昔の日記を読み漁りました。そうして二年前の事件の前後で、妹へ抱く感情がガラリと変わっていることに気づきました。

 まるで、遊亜の見た目だけを残して中身が入れ替わってしまったような。
 いいえ、中身が入れ替わっただけではありません。入れ替わった別の誰かが、遊亜のフリをして生活しているような。遊亜の見た目を借りて、遊亜になりきっている知らない誰か。
 そんな気味の悪さを常に感じているのです。

 とはいえ、両親は先ほど言った通り、遊亜について何も言いません。何かがおかしいと思っているのは、遊亜と同じ遺伝子を持ち、魂を分け合った、私だけなのです。
 もしかしたら私の頭がおかしくなってしまったのかもしれません。……今もおかしくなっている最中なのかも。こんな風に妹のことを気味悪がるなんて、嫌な姉ですよね。
 私はこれから、遊亜が変わってしまった事件について調べます。もしも何もなかったのなら、なかったでいいのです。私はこの映像を証拠として、素直に病院に行きます。私が病院に行ったとしたならば、それは遊亜には何もなかった、今も変わらず昔のままの遊亜で、私の抱いている違和感は、私由来のものだった、と証明されるのですから。遊亜が無事ならそれで…………。





 ーーーーーーぶつり。