その声に頭を動かせば、川岸に膝をついて彩月に手を伸ばしている男性がいた。逆光で顔ははっきり見えないが、その声とシルエットはまさに――。

(えっ!? キョウくん!?)

 どうして最愛のキョウくんがここにいるのか、ただのファンである彩月を助けようとしているのかは分からない。ただその姿で諦めかけていた彩月の心に火が点く。平静さを取り戻すと、ゆっくりと川岸に向かって泳ぎ出す。その間もキョウくんは彩月を励まし、誘導してくれたのだった。

「キョウくんっ!!」

 あと少しでキョウくんの手と触れ合うというところで、キョウくんの姿は霞のように消えてしまう。その場に残されたのは先程助けたうさぎであった。

(ゆっ、夢でも見ていたのかな……まさか今のが走馬灯とか……?)

 自力で川岸に上がると、息も絶え絶えでその場に寝っ転がる。そんな彩月を心配してくれているのか、うさぎは小さな手で彩月の顔に触れたのだった。

「助けてくれたことは感謝するが、急に川に飛び込むから驚いた。寿命が縮まるかと思ったぞ」
「え、あ……ごめんね。驚かせちゃって……」
「怪我は無いか。この時期の川は寒かっただろう。気持ちばかりだが温めよう」

 推しそっくりの澄んだ低声に目だけを動かして辺りを見渡すが、彩月の近くにはうさぎしかいなかった。身体によじ登って胸の辺りで丸くなったうさぎを抱きかかえながら、彩月は上半身を起こす。

「どうした?」
「どこからか声が聞こえてきて……」
 
 もう一度周囲を見るが、やはり土手には誰もいない。川辺にいるのも彩月と目の前のうさぎだけ。そのうさぎは不思議そうな顔でじっと彩月を見つめていたのだった。

(かわいい……)

 ずぶ濡れなのも忘れて彩月は頬を緩めた後、その場にうさぎを降ろす。すぐに小さな両手で頭を掻いたかと思うと、ぴんと背筋を伸ばして後ろ足で立ち上がる。そうしてつぶらな黒い瞳で彩月をまじまじと見つめたのだった。
 
「とにかく先程は助かった。礼を言わせてくれ」
「いえいえ、大したことではありませんので。ご丁寧にどうも」

 人間のようにペコリと頭を下げたうさぎに対して彩月も反射的に頭を下げてしまう。そこでようやく正気に戻ったのか、お互いハッとしたようにほぼ同時に声を上げたのだった。

「うっ、うさぎが、しゃ、しゃべってる……っ!?」
「君は俺の声が聞こえるのか!?」
「う、うん。よく出来た機械だね……本物のうさぎそっくりで……」

 するとうさぎは泣きそうに顔を歪めたかと思うと、彩月のすぐ目の前までやって来る。

「君は月の民の血を引く、月の姫なのか……?」
「月の民って何? 何かのゲーム?」
「知らないのか……だが君に頼みがある」

 まるで幼い子供のように、うさぎは縋るように彩月の膝を掴むと顔を上げる。

「どうか俺たち月の民を導く、月の姫になってはくれないか……?」