「鶏がらスープの素って、万能すぎる」
「ないと生きていけませんね」
「わかる」
湯気が立ち上がる肉団子のスープに口をつけると、生姜の香りと味が一気に口の中を幸せな気持ちで満たしてくれる。
肉団子と鶏がらの旨味が凝縮されていることを舌が感じ取って、新たな感動を呼び込んでくるから困ってしまう。
これこそ、箸が止まないという典型的な例かもしれない。
「私も、誰かの役に立てる人間になりたかったなー……」
別に、鶏がらスープの素になりたいわけではない。
どんなに憧れたところで、料理上手の若芽さんになれるわけでもない。
それでも、仕事の疲れを忘れさせる美味しい食事は私のことを弱くする。
「そこは誰かじゃなくて、私を当てはめちゃえばいいんですよ」
スープと納豆チャーハンを交互に楽しんでいると、若芽さんは私を救うための言葉を投げかけてくれる。
「もちろん、若芽さんの愚痴聞きは務めるよ。でも、ただの愚直聞き係なんて……」
「今の時代、愚痴を聞いてもらうためにお金を払う人もいますよ?」
「…………」
「愚痴を聞いてくれる人の存在に、大きな価値が出てきているってことです」
溢れた言葉の数々は、食事の席の空気を悪くしないか。
美味しい食事を、不味い食事へと変えてしまわないか。
さっさと口を慎んでしまえば丸く収まると思っていたのに、若芽さんは私を弱らせるための言葉を伝えてくる。
「私の愚痴で、若芽さんの未来の芽を摘み取っちゃうようなことしたくない……」
「……私の愚痴は、森永さんの未来を奪ってしまいますか」
言っていることは的を射ていて刺々しいはずなのに、さっきから彼女の言葉は私の心の修復に取りかかる。
「愚痴友なんですから、片方だけが愚痴を聞いても駄目じゃないですか」
大きく伸びをして、体を解すフリをする。
体を解すほどのことはやっていないのに、若芽さんの言葉がいちいち恥ずかしすぎる。
彼女の顔すら見えなくなっていくのは、多分気のせい。
「愚痴友なんですから、私にも森永さんの愚痴を聞かせてください」
「いや、若芽さんには、ご飯作ってもらってるんだから」
「それです! それが遠慮なんです」
口に広がる温かさは、料理だけのものなのか。
それ以外にも、若芽さんの言葉が私に温かさを伝えてくれているんじゃないか。
独りご飯も悪くない。
悪くないけど、誰かと一緒にご飯を食べるからこそ得られる温かさに涙腺が揺らされたような気がする。
「私にとって、ご飯を作ることは苦ではありません」
一口ごとに、自分の顔には少しずつ笑みが戻っているような気がする。
食事の温かさが荒んだ心を癒してくれるかのように感じて、美味しいって感情が私に小さな希望を与えてくれる。
明日も、また頑張れるんじゃないかって小さな希望が生まれてくる。
「ご飯を作ることが苦だったら、体調不良で倒れた森永さんのこと、放置してます」
「確かに……」
疲れた体に染み渡る言葉は、誰かと一緒に食べるからこそ聞くことができるものだと知っていく。
「私にやれること……あるかな……」
年を重ねれば重ねるほど、私には『頑張る』って言葉が重くなっていった。
頑張って可愛くなる、頑張って稼ぐ、頑張って食べていく。
すべての行動に頑張るって単語が付きまとって、頭が可笑しくなりそうだと思っていた。
みんなだけが頑張って、自分だけ頑張りのない人生なんて嫌だと思っていたから。
「私の、ご飯友達になってくれることです」
「愚痴友、どこいった。愚痴友」
「ふふっ」
可愛いが消え去った人生でも、最後には笑うことができるんだって証明したい。
「明日のシフト、どうなってたっけ? お夕飯、一緒に食べれる?」
「明日は森永さんに待ってもらう日ですね」
「そっか、じゃあ何、食べよっか」
私たちは、性能のいい対話型AIではない。
若芽さんと交わす言葉のすべてを記憶しておくことはできない。
でも、若芽さんと一緒に食べたご飯は記憶に留めておきたいと思ってしまった。
それほど、私は彼女と一緒にご飯を食べる時間を好きになっている。
「明日のお昼は、ホットサンドの予定です」
若芽さんの食事を通して、久しぶりに『美味しい』という気持ちを取り戻すことができた。
若芽さんと一緒に食べる食事は、もっと『美味しい』と感じるようになった。
今日も一緒に、『美味しい』という気持ちを共有できることは私にとっての大きな喜びになりつつある。
「中身は? 中身っ」
「それは明日のお楽しみです」
「教えてくれないと、夕飯決められなくない?」
お互いの好みを、こうやって知っていく。
まだまだ知らないことが多くて、一生かけたところでその人のすべてを知ることができるのかは分からない。
だけど、少しずつ。
ほんの少しずつでもいいから、若芽さんのことを知っていきたい。
「ないと生きていけませんね」
「わかる」
湯気が立ち上がる肉団子のスープに口をつけると、生姜の香りと味が一気に口の中を幸せな気持ちで満たしてくれる。
肉団子と鶏がらの旨味が凝縮されていることを舌が感じ取って、新たな感動を呼び込んでくるから困ってしまう。
これこそ、箸が止まないという典型的な例かもしれない。
「私も、誰かの役に立てる人間になりたかったなー……」
別に、鶏がらスープの素になりたいわけではない。
どんなに憧れたところで、料理上手の若芽さんになれるわけでもない。
それでも、仕事の疲れを忘れさせる美味しい食事は私のことを弱くする。
「そこは誰かじゃなくて、私を当てはめちゃえばいいんですよ」
スープと納豆チャーハンを交互に楽しんでいると、若芽さんは私を救うための言葉を投げかけてくれる。
「もちろん、若芽さんの愚痴聞きは務めるよ。でも、ただの愚直聞き係なんて……」
「今の時代、愚痴を聞いてもらうためにお金を払う人もいますよ?」
「…………」
「愚痴を聞いてくれる人の存在に、大きな価値が出てきているってことです」
溢れた言葉の数々は、食事の席の空気を悪くしないか。
美味しい食事を、不味い食事へと変えてしまわないか。
さっさと口を慎んでしまえば丸く収まると思っていたのに、若芽さんは私を弱らせるための言葉を伝えてくる。
「私の愚痴で、若芽さんの未来の芽を摘み取っちゃうようなことしたくない……」
「……私の愚痴は、森永さんの未来を奪ってしまいますか」
言っていることは的を射ていて刺々しいはずなのに、さっきから彼女の言葉は私の心の修復に取りかかる。
「愚痴友なんですから、片方だけが愚痴を聞いても駄目じゃないですか」
大きく伸びをして、体を解すフリをする。
体を解すほどのことはやっていないのに、若芽さんの言葉がいちいち恥ずかしすぎる。
彼女の顔すら見えなくなっていくのは、多分気のせい。
「愚痴友なんですから、私にも森永さんの愚痴を聞かせてください」
「いや、若芽さんには、ご飯作ってもらってるんだから」
「それです! それが遠慮なんです」
口に広がる温かさは、料理だけのものなのか。
それ以外にも、若芽さんの言葉が私に温かさを伝えてくれているんじゃないか。
独りご飯も悪くない。
悪くないけど、誰かと一緒にご飯を食べるからこそ得られる温かさに涙腺が揺らされたような気がする。
「私にとって、ご飯を作ることは苦ではありません」
一口ごとに、自分の顔には少しずつ笑みが戻っているような気がする。
食事の温かさが荒んだ心を癒してくれるかのように感じて、美味しいって感情が私に小さな希望を与えてくれる。
明日も、また頑張れるんじゃないかって小さな希望が生まれてくる。
「ご飯を作ることが苦だったら、体調不良で倒れた森永さんのこと、放置してます」
「確かに……」
疲れた体に染み渡る言葉は、誰かと一緒に食べるからこそ聞くことができるものだと知っていく。
「私にやれること……あるかな……」
年を重ねれば重ねるほど、私には『頑張る』って言葉が重くなっていった。
頑張って可愛くなる、頑張って稼ぐ、頑張って食べていく。
すべての行動に頑張るって単語が付きまとって、頭が可笑しくなりそうだと思っていた。
みんなだけが頑張って、自分だけ頑張りのない人生なんて嫌だと思っていたから。
「私の、ご飯友達になってくれることです」
「愚痴友、どこいった。愚痴友」
「ふふっ」
可愛いが消え去った人生でも、最後には笑うことができるんだって証明したい。
「明日のシフト、どうなってたっけ? お夕飯、一緒に食べれる?」
「明日は森永さんに待ってもらう日ですね」
「そっか、じゃあ何、食べよっか」
私たちは、性能のいい対話型AIではない。
若芽さんと交わす言葉のすべてを記憶しておくことはできない。
でも、若芽さんと一緒に食べたご飯は記憶に留めておきたいと思ってしまった。
それほど、私は彼女と一緒にご飯を食べる時間を好きになっている。
「明日のお昼は、ホットサンドの予定です」
若芽さんの食事を通して、久しぶりに『美味しい』という気持ちを取り戻すことができた。
若芽さんと一緒に食べる食事は、もっと『美味しい』と感じるようになった。
今日も一緒に、『美味しい』という気持ちを共有できることは私にとっての大きな喜びになりつつある。
「中身は? 中身っ」
「それは明日のお楽しみです」
「教えてくれないと、夕飯決められなくない?」
お互いの好みを、こうやって知っていく。
まだまだ知らないことが多くて、一生かけたところでその人のすべてを知ることができるのかは分からない。
だけど、少しずつ。
ほんの少しずつでもいいから、若芽さんのことを知っていきたい。