見事な二日酔いに、二人揃って夕方までダラダラと過ごした。
 午後五時を回ってもまだまだ空は青い。カフェのテラス席に移動し、海を眺めながらまったりとしていた。
「気になってたんだけど、なんで美里はこの街に引っ越すって決めたの? 地元は全然違うよね?」
 コーヒーを飲みながら、アルコールが抜けきらない二人身を寄せ合って過ごしている。昨日は再会にテンションが上がり、羽目を外しすぎた。力の入らない体を支え合いながら、気になっていたことを訊ねた。

 美里は遠く水平線まで視線を移し、静かに話し始めた。
「ここはね、結婚を約束していた人の地元なんだ」
「そんな人がいたの?」
「誰にも話してないんだけど、OL時代にね。社内恋愛で、殆ど婚約したようなものだった。ここには彼が一度連れてきてくれたんだ」
「で、その彼は?」
「……死んじゃった。事故で突然だった。人の人生ってこんなに呆気ないんだって思った。一生独身もその時決めた。その人以外に一緒にいたい人なんていないし、別の人と幸せになりたいとも思えない。カフェはその人の夢でもあったの。何度かここに足を運んで、自分の居場所を見つけたような気持ちになれた。OLをしていた時よりも今の方が満たされてる。彼と一緒に歩んでる気がする」
「そう……だったんだ……」
 長い友人でも知らないことは沢山ある。いつもおっとりしていた美里がそんな悲しい経験をしていたなんて想像もしてなかった。
「言いにくいことを教えてくれてありがとう」
「誰にも言うつもりなかったから誤魔化してたんだけど、話たら少し肩の力が抜けた。聞いてくれてありがとう。莉子が本当に来てくれると思ってなかったし、本当に嬉しい」
「来るよ。私だって美里に救われたんだから」
「夕食は食べられそう? 胃に優しいもの作るね」
 お互いが抱える蟠りが少しずつ軽減されていく。

 正直、大学生の頃は同じグループとはいえ仲のいいメンバーはそれぞれ違っていた。それが独身同盟を組み、いつの間にか一番の仲良しになっていた。見た目も性格も正反対のような二人が、歳を重ねるほどに距離が縮まっていくのは不思議な感覚だ。
 店の電話が鳴り、美里が席を立つ。激しい眩暈が治るまで立ち止まり、フラフラしながらカウンターまで行った。
 数分後、テラスに戻ってきた美里は市場の人からの電話だったと話した。
「必要なものをまとめて配達してくれてるの。本当に助かってる」
「都会では考えられないね。人が温かいんだね」
「彼の学生時代の先輩なんだって。それもあるかもしれない」

 今夜は流石に二人とお茶で過ごす。大人になったねと笑い合った。
「明日から朝早いけど、莉子はテキトーに寝てて。オープンの時間に降りてきてくれれば助かる」
「手伝えることがあったら言ってね」
「うん、でも莉子は料理できないでしょ? だから朝はゆっくりでいい」
「……そうする」
 完璧になれないのは悔しいが、完璧じゃない自分もここでは許される気がした。
 料理はどうしても好きになれないけど、食べるのは好き。こういうのも“隙”に当てはまるのだろうか。

 翌日は朝九時頃に自然に目覚めた。仕事なら完全に寝坊だが、店のオープンまでは一時間もある。通勤時間が0分とは素晴らしい。満員電車にも乗らなくていいし、終電も気にならない。何より最短でベッドに潜れる。
 美里の住む環境がいかに効率が良いかが見えてくるほど、魅力は増す一方だ。ベッドに仰向けになったまま、帰りたくなくなっている自分がいる。あと十分こうしていても誰にも迷惑がかからない。
 OLを辞めた美里は本当に最善の選択をしたと思った。

 ゆっくりと起き、沢山持ってきた服の中から動きやすいものを選ぶ。
 本当は海で撮影をしようと思っていたので、持ってきたものはどれも実用性に欠ける。唯一リラックス用にと準備していた服が一番活躍するとは思いもよらない。もっとTシャツを持ってくれば良かった。
 メイクも清潔感を感じられるナチュラルメイク。髪だって凝ったアレンジは要らない。シニヨンの緩いお団子にした。

 カフェへ行くと美里は仕込みを終え、どうやら業者と話をしているようだった。
「おはよう」
「莉子、おはよう。昨日言ってた市場の方」
「初めまして。木谷です」
「蓮見です」
 ぺこりと軽く頭を下げた。

 木谷という男性は子供の頃から色んなスポーツをしていたらしく、筋肉が定着しているらしい。広い肩幅に、丸みを帯びた大胸筋、腕の筋肉も引き締まっていて、血管が浮き出ている。男の中の男……と拍手したくなる。
 髪は短髪で、理由は朝の時間を短縮したいから……なのだそうだ。
 既婚者で子供が三人。スマホのロック画面に設定された、産まれたばかりの三女を見せてくれた。
 初対面だったが話が盛り上がり過ぎていつの間にかオープン時間が過ぎていて、一組目の客が来店してようやく気持ちを仕事モードに切り替える。
「ごめん、つい長居した。じゃあ、また。蓮見さんも楽しんでね」
「ありがとうございます」
 木谷を見送り、急いで接客に移る。
「良い人でしょ?」
「うん、良い人だね」
 知らない人と話すのは好きだ。どんな反応が返ってくるのか、どんな話題に喰いつくのか。リアクションは大きいか、表情が豊かなのか、話すほどに徐々にグラフが上がってくような気分を味わえる。

 今日も賑わっているランチタイムだが、木谷のことを度々思い出した。もっと喋りたいと思うのは、職業柄なのだろう。