飛行機での移動中、ここ最近で一番ぐっすり眠れた。昨日までは起きてメイクをするまでスイッチが入らなかった。でも今日からから仕事のことを考えなくてもいいのだ。
 起きたタイミングで着陸する。うんと背伸びをし、空港へ降り立った。
「狭いけど、思ったより田舎くささはないかも」
 空港内のコンビニでコーヒーとサンドウィッチを買うと、飛行場を眺めながら脳が目覚めるまでゆっくりと朝食をとる。こんなに時間をかけて食事をとるのも記憶の限り遡っても思い出せないくらいだ。
 ガラス張りの窓の外に目を向けても、結局飛行機は一機も飛ばなかった。
 駐車場に停まっているタクシーに乗り込みカフェの住所を伝える。運転手さんが「カナリ遠いよ。近くの駅まで行って電車に乗り換えたほうがいいんじゃない?」などと、自分の売上よりも莉子の財布事情を心配してくれた。それでも乗り継いだりするよりもとにかく体を休めたくて「構わないのでこのまま向かって下さい」とお願いし、空港を後にした。
 のどかな風景を眺めてるうちに、大きな欠伸が出る。気が抜けて、昨日までの疲労が一気に押し寄せてる気がした。
「近づいたら起こしますんで。ゆっくり寝てて大丈夫ですよ。横になって下さいね」
「ありがとうございます。じゃあ、遠慮なく」
 莉子は後部座席に上半身と横たえると、三回目の深呼吸と共に眠りに落ちた。

 次に運転手さんが起こしてくれた時、三時間近くも経っていて莉子は目を瞠る。これは運転手さんも気を遣ってくれるわけだと思った。それでも移動時間の全てを寝て過ごせたおかげで体はスッキリしている。目の前に広がる碧い海も、莉子を歓迎してくれているように水面が輝いていた。
 美里にもうすぐ到着するとメッセージで送り、丁度カフェのオープン時間に到着した。

「莉子ー!! 久しぶりー!!」
 美里が外に出てきて大きくてを振る。風子の結婚式の時より少し日焼けしていて健康的な印象を与えた。
「空港から三時間もかかるとは思わなくて、ビックリしたよ」
「タクシーでここまで来たの? 電車使えば良かったのに」
「とにかく寝たかったから。背に腹は変えられない。いいの、忙しくてお金なんて使う暇ないから。こんな時くらい贅沢したい」
「莉子って感じがする」
 美里は笑って荷物を運び込んでくれた。
「二階が居住スペースなんだ。元はシェアハウスだったらしいんだけど、そんなに需要がなくて人が集まらなかったんだって。莉子はこの部屋使って。トイレはここで、お風呂はその隣のドア……」
 個室が三部屋にトイレにお風呂……、空き部屋の一つは物置として使っているそうだ。
「凄い。こんな広い所に一人で住んでるの?」
「でも田舎だから、家賃なんて都会で住んでたマンションより安いんだよ」
「そうなの!? 田舎の力を見せつけられたわ」
「あはは。田舎強いでしょ。私、先にカフェに降りてるから、ゆっくり荷解きしてね」

 換気のために開け放たれた窓から、海の匂いが漂ってくる。九月中旬とはいえまだ秋の気配はなく、海は今日も沢山の人で賑わっているようだ。

 あらかたの片付けを済ませると、一階のカフェへと降りた。
 美里に声をかけようと思ったが、すでに何組かの客がいて手際よく厨房作業を熟している。地元の人らしい年配の男性客は慣れた様子でカウンター席へ座り、構わず美里に声をかけた。
 慌ただしくも楽しんでいる姿に莉子は居ても立ってもいられなくなり、階段を駆け上がり部屋へと戻る。
 ワンピースを脱ぎ、動きやすいTシャツとワイドパンツに着替え、セミロングの髪をざっくりと一つに結い、スニーカーを履いて再びカフェに戻った。

「ねぇ、私ホール手伝う」
 厨房の美里に声をかける。
「いいよ。長旅で疲れてるでしょ? 今からランチタイムだからしばらく相手できないけど、アイスティー淹れるからテラスで休憩してて」
「ううん。座ってばかりだったから体動かしたい。それに高校生の頃は食堂でバイトしてたんだ」
「本当にいいの? じゃあ、これを奥のソファー席にお願いできる?」
「OK」
 平日だというのに、ランチタイムには次から次へと客が流れ込む。
「早くも人気店じゃん」
「運よく地元雑誌の【オープンするカフェ特集】に掲載してもらえたの。向こうからの依頼だから広告費も要らなかったし、本当にラッキーなんだけど、今はその効果が大きいと思う」
「よく一人で捌けてるね」
「田舎ならではかもしれないけど、お客さんの方が気を遣ってくれて、注文したメニューをここまで取りにきてくれたり、帰る時もトレーを下げてくれたりするの。申し訳ないけど助かってる」
 よくそれでオープンに踏み切ったなとは思ったが、地元に根付くという意味ではいいキッカケなのかもしれない。
「でも莉子は流石、効率良く動くよね」
「そうかな。いつもと違うことするの新鮮で楽しい」
 口を動かしながらも莉子は次々に仕上がる料理を運ぶ。フライヤーにも載っていたハンバーガーが一番人気で、オムライスやカツサンドも人気だそうだ。
 莉子は注文を取り、皿を下げ、次の客をテーブルに案内する。

 美容室もサービスをしながら効率も考えなくてはいけない。カラーやパーマの時間、次の予約時間までの手順を常に頭で計算して動く。
 カフェなら、料理を一番美味しい状態で提供しなければいけない上に、どのタイミングで客から呼ばれるか予測が出来ない。
 仕事を休むためにここまで来たのに、莉子は楽しくて仕方なかった。どんな職業でも結局忙しい程高揚する。根っからの仕事人間なのだと自覚せざるを得ないくらいに。

 ようやく客が落ち着いた頃には時計の針は午後三時前である。ここからはスイーツ目的の客になるそうなのだが、ケーキなどを盛り付けるだけのメニューが多いため、ランチよりは随分と楽だ。
「ランチよりものんびり過ごすお客さんが多いし、私たちもご飯にしよう」
 一番人気のハンバーガーを作ってくれた。
「え、でもこれは今日完売だったはずじゃ」
「莉子、来る前からこれが食べたいって言ってたでしょ? 予約優先で取っといたの」
「美里ぉ! ありがとう。いただきます」
 カウンター席に並んで座り、分厚いハンバーガーに齧りつく。ジュワッと肉汁が口に広がり、照り焼き風のタレと野菜の上に載っているタルタルソースが絶妙に混ざり合う。
「美味しい!! 最高!! 幸せ!!」
「語彙力なくなってるよ。でも嬉しい」
「あー、待ってアボカドまで入ってる。贅沢〜」
 美里はオーバーなほどの莉子のリアクションに笑いが止まらない。
「今朝のタクシー代の方が贅沢でしょ」と鋭いツッコミを入れられたが、沢山働いた後の空腹に染み渡る肉とバンズに、美里の揶揄は届かなかった。