二回目の一度目のクリスマスも、買い物やゲームセンターで二人の時間を共有する。再び大通りを歩く頃には子どもの姿はめっきりと減り、商店街は大人の時間へと衣替えをしていた。
「そういえばさ、匠は今まで、どんなクリスマスを過ごしていたの?」
 ショーウインドウの中に飾られた洋服から、ガラスに映る茜の姿に焦点を変える。ガラス越しに、目があった気がする。
「俺? んー、俺は一人っ子だし、基本的には家族三人で過ごしてたかな。料理は凝ってたけど実家が酒屋だからか、クリスマスなのに酒のつまみみたいな料理ばっかりでさ。あとはたまに親戚の人がうちに来たり? とにかく、家で普通にご飯を食べてた記憶しかないね」
「え、そうなの? なんかごめん。せっかくの一家団欒を奪っちゃって」
 真面目な顔で言う茜に、俺は笑った。
「いやいや、むしろ親は高校生になってまで毎年予定なしの方を気にしてたから。それより茜は? 今もクリスマスツリー飾ったりしてるの?」
「ツリーはもうここ何年か出してないなー。というか、最近はクリスマスらしいことすらやってないよ。ほら、去年だって私一人でケーキを食べてる写真を送ったりしたでしょ? あれって結構、リアルだったりするのよ。私は高校に入ってからバイトしてるし、弟も部活終わりにそのまま友達と遊んだりで。クリスマスらしいクリスマスを過ごすのは、本当に久しぶりかも」
 そう口にする茜は、まるで時計塔近くのケーキ屋の前ではしゃいでいた子どものように、色とりどりに彩られた商店街に目を向けては笑顔を振り撒いている。たぶん、ノートを見ただけでは気付けなかっただろうな、と思う。ノートに記された文字の温度を感じることができるのは、その文字を書いた本人だけだ。だからこの先、もし俺が茜のノートを見られたとしても、きっとそこに込められている想いを素通りしてしまう。そんなことはないと思いたいけれど、俺は今初めて、茜がこんなにも楽しそうな表情をしていたことを知った。
 あの時だって、隣を歩いていたはずなのに。
 想いに耳を傾けようとすると、今まで見えなかった部分が見えてくる気がする。そんな思いを巡らせ歩く俺の歩幅は、茜の歩幅と同じものになっていた。「島の外にいる人……ここにいる人たちより、ずっとずっとオシャレな人たちはさ。一体どんなクリスマスを過ごすんだろうね」
 笑顔の中の寂しさにも、やっと気付けた気がした。
 茜は立ち止まり、商店街を行き交う人たちを目で追っている。冬の空気に尋ねるように口にしたその言葉は白い息となり、人の歩みに合わせて複雑に流れていくように、視界の外へと飛んで行ってしまった。
「どうなんだろう……。意外と、ここにいる人たちと何ら変わりもないんじゃないか? 幸せなんて人それぞれだし、それは島の中も外も同じだろ?」
 俺を睨む茜の視線が胸を刺す。「匠……。それはちょっと、生意気言い過ぎ」そして笑った。
「ま、そんなことを考えても仕方がないか。こうやって会って、話して、のんびり歩いたりして。やりすぎず、やりなさすぎず。私たちには、これくらいが丁度良いのかもね」
 不意に浮かぶ寂し気な表情を雑踏の中に置き去りにするように、茜は前を向く。真相はわからない。でも、俺には茜がこうやって本当の気持ちをぼかして、本当の想いに蓋をしている気がした。そしてそれは、俺のためなのかもしれない。これから島を出る、俺のことを想って。
「だんだん人が増えてきたね……あ、そうだ、ケーキ買いに行かない? どこか二人きりになれるところで食べようよ」
 視線の先に、クリスマスケーキの路上販売を行うショーケースが見える。島で一番大きい商店街といっても所詮は島の中での話で、俺たちは小一時間ほどで待ち合わせ場所である時計塔の近くへと戻って来ていた。ショーケース前の行列は短くなっていたが、今もサンタクロースとトナカイのコスチュームに身を包んだ女性たちが元気よくケーキを売っている。だが、流石にこの凍てつく寒さの中で立ち続けるのは難しかったようで、担当する女性は変わっていた。
「あそこにしよ! お姉さんたち可愛いし」と口にしてケーキ屋へ向かいながら、茜は「匠もあそこのお店……にいるお姉さんのこと気になってたでしょ? 彼女がいる身なのに、さっきからずっと見ているようだし?」と続けた。
「なんでだよ。気になってないし、別に見てもいないわ」と返したが、茜は聞く耳も持たずに「レッツゴー」と、俺の手を強く引いた。
 ショーケースの中にはホールのイチゴケーキと、切られていないチョコレートロールケーキの二種類しか並んでいなかった。食べるのは二人だし、すぐに食べたかったこともあって、俺たちは店内へと入ることにした。
「こっちは色んな種類があるね! どれにしようかな……。そうそう、ケーキは匠の奢りね」
「へ? なんで俺が?」
「なんか、ケーキを前にしたら急に去年の辛い思い出が……また少し、悲しくなってきたなあ」
 懇願しているとも、無表情とも取れる顔を作り、棒読みで茜は言う。その奥で、店員が笑顔で注文を待っている。また茜が「悲しいなあ」と口にする。店員の口が「ファイト」と動いているのがわかる。さっき「嫌な思い出じゃない」って言ったくせに、と思う気持ちは、のみ込んだ方が良いようだった。多数決では、俺の負けだ。
「わかったよ。茜はどれにす――」
「モンブランを一つお願いします」
 初めから俺が折れることは決まっていたかのように、茜は言葉を被せた。店員の笑顔が、先程よりも自然だった。
「モンブラン、ほんと好きだね」
「匠は?」
「俺はチョコレートケーキを」
「ほんと好きだね」
 俺が折れてから、注文は流れるように終了した。注文した二つのケーキは無駄のない手つきで、白く小さな箱へと引っ越しを行う。内容確認のために箱をこちらに傾けるタイミングで、新居に移ったケーキと顔合わせをする。なんだか急に、ケーキが小さくなった気がした。茜が「大丈夫です」と伝えると、店員は箱に封のシールを貼りながら嬉しそうに口を開く。
「仲が良くて良いですね。学生さんですか?」
 あれ、この店員と話をしたっけ? と思った。初詣の時のように、思念の神さまによって創られたものなのかもしれなかった。過去の中の未来が変わる。
「はい、高校三年生です」と、茜はよそ行きの笑顔で言う。
「じゃあもう進路も決まっている頃ですかね? 同じ大学に進学とかですか?」
「いえ、私は島に残るんですけど、彼は上京することになっていて」
「あ、じゃあ私と同じですね! 私も彼が島の外に行ってしまっていて……といっても仕事なんですけど。普段は連絡もろくにしないくせに、クリスマスとかこういう時だけ『会おう』とか言ってくるんです。なんか腹が立っちゃって、こうして今日も仕事入れちゃいました」
 してやったり、とでも言うように、店員はウインクをしながらぺろりと舌を出す。どこか茜と温度感が似ていると思った。
「やっぱり、島を出るとそうなっちゃうものなんですかね? お姉さんは今もずっと、我慢されてるんですか?」
 なんとなく、ここに居づらい気持ちが大きくなる。過去の中の未来を変えていく会話は、その後もしばらく、俺の前で繰り広げられていた。