「宗教団体、ですか」


「ああ」


泉さんが見せてくれた画面は『カヨラ』という名前の宗教団体のホームページであった。
白色を基調として、水色の薔薇のイラストが散りばめられておりここに属している人たちのインタビューや活動の記録などが記載されていた。


「…うさんくせえな」

「泉さん」

「本当のことだろ」


本人の思想や自分が信じたいものなどは個人の自由で、それをとやかく言うことではないものの泉さんの言うとおりそれは少しうさんくさいように感じた。

太陽の下で手を広げているような1枚の写真。右手首には薄紫色のチェーンブレスレット。さっき女性と言い争っていた男性がつけていたものと同じものだ。
やっぱり、あの人カヨラという団体の1人ということなんだろう。


「…おい、これ」


「『記憶』って書いてますね」

泉さんが画面の下までスクロールしたあと、みえたのは『記憶』とただ一言だけ書かれている項目。泉さんが押せば何かのページへと画面が切り替わる。

白が基調とされていた画面から、黒へと切り替わった後出てきたそれに泉さんは肩を落とした。

画面は黒の真ん中に白い枠があり、その中にIDのようなものを打ち込まないと次には進めないようになっていた。


「んだよこれ」

「会員しかこのページは見れないということでしょうか」

「そうだろうな。それにしても『記憶』って、なんかひっかからねえか」


『記憶』か。泉さんの言うとおり私にとってとてもひっかかる言葉である。私は、一部の記憶を無くしている。


「『記憶』のことについて、学校の先輩が気味が悪いことを言っていました」


「どんな」


「人間の記憶は、人工的に消せたり、改ざんしたり出来るって」


泉さんの顔が「はあ?」と歪む。気持ちは分かる、私も同じような反応をした。
だけど、原島先輩が言ったそれは妙に現実味があって、ぞっとした。自分がそれをされたのかもしれないと考えただけで気持ちが悪い。


「そんなSFみたいな話あるかよ」


「私もそう思いましたが、あり得るかもと思いはじめています」


「自分が記憶をなくしてるからか?」


「それもありますが、日常に『違和感』を感じるんです」


「違和感?」と首を傾げた泉さん。正直、誰かに話したかったそれは話してしまうと現実味を帯びてしまいそうでなかなか言葉に出せなかった。
これから先、何も問題なく過ごしていくためにはそれが正解だと思ったからだ。

家族、友達、学校生活、全てにおいて不自由だとは思っていないけれど、なんとなく感じる『違和感』。


「サラや真由、晴美という友達と話している時、確かに失踪前まで仲良かったはずなんです。

しかし、自分が彼女たちの前でどんな顔して笑っていたとか、どんな自分でいたのか、とか、分からなくなる時があります」


「…なるほどな」


「そして、思い出せない友達のことは、誰も私に教えてはくれません。でも、確かに誰かいたはずなんです」


時々脳内で響く誰かの声。どんな声かは一瞬で消えてしまうため思い出せない。


「まあ、仮に記憶を意図的に消されて、改ざんされたとしたも、どちらにしろ怪しいのはこいつらか」


画面を人差し指で軽く叩いた泉さんに私は小さく頷く。
少しずつ、少しずつ私の記憶は真実を求めて動きだしている。
泉さんの言ったように、思い出すのでなく調べる。
ぎゅっと拳を握った時、私のお腹かが音を鳴らした。

目の前の泉さんが吹き出すように笑う。


「腹減ってんのかよ」

「べ、別にすいてないです」

そんな言葉とは裏腹に先ほどよりも少し大きく音が鳴った。泉さんが声を出して笑いながら、テーブルの上にあるコールボタンを押した。


「ナポリタンでいいか、育ち盛りの女子高生よ」

「セクハラです」

「生きづれえ世の中になったもんだな」

泉さんは「けっ」息をもらしたあとやってきた店員に「ナポリタン大盛り2つ」と言った。
大盛りだなんて言っていないけれど、久々にお腹がすいたと感じれたことが少し嬉しくて私は素直に受け入れることにした。

だけど、できればナポリタンよりカルボナーラ方が良かったな、なんて。