レジーナと、リジーのいる控えの間も、隣り合わせの厨房も、階段の裏手にあたる為、死角となって玄関から見えることはない。

当然と言えば、当然のこと。裏方が、玄関から丸見えでは、非常にまずい。階段という、隠れ蓑を使って、見えない様、設計されているのだ。

その為、多少、レジーナとリジーが、ドアから顔をつきだしても、表方には、見つからない。と、いうことは、玄関の様子も、二人には伺えないことになる。

しかし……。

レジーナとリジーは、玄関で執り行われていることを、しっかりと、理解していた。

ジョンの声が響いていたからだ。

「まあー、そうゆうことなのね」

「はい、レジーナ夫人、ああやって、心付けを頂くんです。でも、私は、表に出れないから……」

リジーが、寂しそうに言っている。

客の前に出ないリジーは、確かに心付けというものは、貰えないだろうが、今は、そんな話ではなく、と、レジーナは、少しだけ、ずれているリジーに、苛立った。

そうこうする間に、表方は、姦しくなって行く。

「旦那、何かお忘れではないですか?」

ジョンが、粘っている。

「そりゃーないですよ!紳士たるもの、そこは、気くばりのうちってやつでしょう!」

あてが外れた、とばかりに、ジョンは、怒鳴っている。

「まあまあ、そう短気にならず。こちらは、ロンドンに初めて来られた紳士なのでねぇ、さあ、これで、機嫌を直してくれないかい?」

仲裁に入る声がした。それは、レジーナにも聞き覚えのあるものだった。

「いやー、ディブ様、すみませんねぇ」

ジョンは、たちまち、ご機嫌になるが、それは、ディブが、ジョンへ、紳士に代わって心付けを渡したということで、そこにディブがいるということは、ドアを荒々しく叩いたのは、電報配達ではなく、本日の主賓及びその招待客ということ……。

「リジー、さあ、下がって準備を!」

パーティーは、始まったのだ。

レジーナは、慌てて玄関へ、向かった。

借り主の、プルフェィン卿も到着しているはずだ。貸し主として、パーティーの成功を願う挨拶ぐらい交わさなければ、と、気が焦ったレジーナだったが、会場になる、奥の間を通りすぎた時、今の自分の立場を思い出した。

レジーナは、単なる使用人(パーラーメイド)

ジョンの事も、詫びなくてはならないだろうし、この場合、パーティーの成功について、語るべきではないだろし、さて、ここは、どう対象すべきなのだろう。

ふと、兄の住む、本宅を思い出したが、そもそも、田舎のパーティーなど、決まりきった行事に、親族が集まるぐらいで、パーラーメイドが、活躍する事もほとんどなかった。

参考になる物もなく、ビートンに、レッスンを受けておけばよかったと、後悔するレジーナだったが、始まってしまったものは仕方ない。

深く息を吸って、お仕着せにしている、ブルーのワンピースドレスを、ぎゅっと掴んだ。

そして、再び、レジーナは、気が付くのだった。

玄関には、ディブがいるということを──。

パーラーメイドの在り方よりも、ディブと、かち合う事のほうが、非常に、気まずく、いや、騒ぎになるのではなかろうか。

ビートンは、何を考えているのだろう。と、金モール付きの赤いボレロを羽織り、かつらに、小麦粉を振りかけていた姿を思い出す。

きっと、彼は、何も考えてない。しいて言えば、収入を確実に得るその為に、レジーナを立ち会わせ、いや、使っているだけなのだろう。

はあ、と、ため息をつく、レジーナに、

「ああ、パーラーメイドの、レジーナ夫人、お客様の到着です!」

ジョンが、声をかけてきた。

見れば、補助椅子(オットマン)に座らされた紳士がジョンに靴を磨かれている。狭い玄関ホールは、自分の番を待っている紳士達で溢れている。

「あー、パーティー前にゃー、靴を磨くもんですよ、ねぇ、夫人?」

言う、ジョンの上着のポケットは、若干の膨らみがあった。

ディブが、渋い顔をしているということは、彼が、ジョンへ心付けを渡しているのだろう。

しかし、紳士達は、ジョンの言葉を真に受けて、素直にしたがっており、かといって、自ら、心付けを渡す素振りはない。

ディブが言っていたように、彼らは、ロンドンが、初めてなのかもしれない。しかし、何処に住もうが、紳士ならば、ジョンの見え透いた口先に惑わされことなどないはずだ。

よほど、集まりに慣れていない紳士達なのか。レジーナは、不信に思いつつ、本日の主賓、プルフェィン卿らしい、人物を探したが、それらしき人物は、見当たらない。

マクレガーが、正解だったかもしれない。プルフェィン卿は、急遽来られなくなった、ということにして、ディブが、パーティーを仕切るのだろう。

玄関ホールで、うろたえるレジーナを、さらに、うろたえながら、見る人物がいた。

ディブだった。

「……レジーナ、君、何しているの?!」

ディブは、驚きから、目を見開いていた。