ビートンの提案に、面食らったもののレジーナは、その言い分に耳を傾けていた。

「失礼ながら、ディブ様のお知り合いというのが、気になりまして……」

三日後に、屋敷を利用する亡命貴族とやらのことをビートンは、調べたらしい。

噂を集めただけにすぎないのだがと、前置きし、レジーナへ、ビートンは、その結果を告げた。

──レミー・プルフェィン卿なる人物を、誰も知らない。

名前まで、知らなくとも、亡命してきたという物珍しさから、その人物像は、使用人達の間で噂に上がっているはず。しかし、亡命貴族がいることなど誰も知らず。そして、紳士が集うクラブにも、該当する人物はいないらしく、そこまで上流の貴族ではないのかと、ジョンを使って、貸し馬車の御者達にも探りを入れたが、そちらでも、同様だった……。

「しかし、興味深い話を、ジョンが入手したのです。数人の紳士達が、高級靴を買いに行ったそうです」

「……靴ぐらい、誂えるでしょう?」

「下町訛りのある、紳士達が、本来の紳士が御召になる靴を手にする為に、店へ現れたのですよ?レジーナ様」

ビートンは、どこか、嬉しそうに、おかしな話もあるものですね。と、レジーナを見た。

「そもそも、靴を買うなど、貴族のすることではありません。オーダーするのが常識です。それを、市場で古着でも買うかと勘違いしたのか、よりにもよって、他のお客様のために、誂えた靴を、商品と思い込み、これをくれと……ひと騒動あったそうです」

辻馬車の御者が、待ち合い中、一部始終を見ていたらしく、御者の間では、ちょとした話題になっているらしい。

「では、ビートン、屋敷を借りたのは、貴族の振りをした、紳士達、と、いうことなの?」

「ええ、誰かが、漏らしたのでしょう。当屋敷に、靴磨きがいると……」

その誰かとは、ディブであろうと、ビートンは、言い切った。

「つまり、……普段履いている靴を見られると、身分が分かってしまうから、高級な靴を手に入れようとした?」

レジーナの返答に、ビートンは、満足げに頷いた。

いったい、何が起こっているのか、レジーナは、まだ、理解できていなかったが、ふと、屋敷に、靴磨きなど、雇っていただろうかと、考える。が、一人、執拗に、何でも磨きたがる人間がいる事を思い出した。

「ねぇ、ビートン?その来客の靴を磨く、というのは、リジーのことかしら?」

「いえ、ジョンです」

「なんですって?!」

レジーナの心中を察したようで、ビートンは、言った。

「残念ながら、我々の賃金では、いくら住み込みといっても、やって行けません。お客様からの心付けというものに、頼るしかないのです。それに、ジョンは、元々、路上で靴磨きを行っておりました」

ジョンは、心付け欲しさに、食器を磨かず、靴を磨いていると……。

レジーナは、驚くどころか、呆れていた。

借り主の身元が、怪しいというより、屋敷の者達も、癖がありすぎるのではなかろうか。

自分の知らない所で、様々な事が起こりすぎていると、危惧したレジーナは、屋敷で、何が起こるのか、はたまた、皆は、どのように働いているのか、確かめる必要があると感じ、メイドになるという話を、引き受けたのだった。

自分は、女主人なのだ。知る権利は、ある。

そして、メイドに扮して、借り主の正体を暴かなくては。このままでは、毎シーズン、ディブの悪知恵が働くことになるだろう。

「ああ、全く、なんてこと」

「左様でございます」

ビートンは、執事らしく、落ちつき払って答えた。