今や、控え室では、ローストビーフ、いや、肉を、口へ運ぶ事しか、興味はなくなってしまったようだった。

ジョンも、リジーも、ここぞとばかりに厚切にされた、ローストビーフを口にして、満面の笑みを浮かべている。

カチャカチャと、ナイフとフォークのぶつかり合う音と、時折、マッシュポテトが、入ったボールを取り合うジョンとリジーの言い争い以外は、実に、平和な時が流れてはいるが、レジーナは、使用人達の様子を伺いながらお茶を嗜むので精一杯だった。

結局、彼らは、何がしたかっだのだろう。

仕事確保の為に、身銭を切って、レジーナを故郷へ送り出し、ついでに、世の中へ、婚約者の醜聞を広めてくれた。

戸惑う、レジーナへ、依然として、レジーナ夫人と、呼びかけ、肉の塊を勧めてくれる……。

「あの……」

どうも、居心地の悪さにたまりかね、レジーナは、ビートンへ声をかけた。

「お茶のおかわりですか?まあ、色々ありましたから、喉も乾きますでしょう」

何杯も、お茶だけを飲むべきではない。マナーから、ずれていると執事は言いたいのだろうとレジーナは思う。

先ほど見せた、何かしら、労るような気配は、ビートンからはすでに消え失せていた。

「お茶はもう、いいわ、それより……部屋へ下がります」

レジーナの一言に、リジーが、ひっと、息を飲む。

「ああ、構いません。皆は、そのままで」

食事を続けて良いと言われて、リジーは、ほっとしている。

「フィッシュ&チップスを、まだ、食べてない……」

「ええ、だから、私のことは構わないで。部屋には、鍵が掛かっているのでしょ?鍵を頂戴」

レジーナに、独り言を聞かれたと、リジーは、口元を手で押さえ、うつむいた。

「ああ、お嬢様が、構わねぇって言ってんだ。リジー、ジョンに食われちまう前に、魚のフライ、口に放りこんどけ」

ああ、なんで、(たら)が、手に入りにくいだ?

と、マクレガーが、愚痴りつつ、ポテトでかさましされた、フィッシュ&チップス山盛りトレーをリジーの前に置いてやる。

「マクレガー、あなたの仕入に問題があるのでは?」

ポテトの影に隠れる鱈のフライに、目をやりながら、ビートンは、マクレガーが、仕入代金をけちったからではないかと言いたげだった。

その側から、たまりかねたように、レジーナが言った。

「鍵を渡して頂戴!皆の時間をこれ以上、奪ってもいけないわ!」

今だ刺のある言葉しか使用人へかけられない主人に、マクレガーは首を降った。ビートンは、変わらず静かに、上着の内側から鍵束を取り出すと、レジーナの部屋の鍵を抜き取り、差し出しながら言った。

「お嬢様のものです。どうぞ、ご自由に」

「ありがとう」

受け取りながら、レジーナは、ビートンの意味深な言葉の意味合いが、理解できない。しかし、使用人達は、分かっているのか、そっぽを向いて、肉を食べている。

レジーナに、とって、その団結している姿も鼻についた。

使用人同士だから、それは、仕方ない。そう分かっていても、今は日々、普通に行われていることですら、素直に受け入れる事ができなかったのだ。

すべては、兄とディブの行いからによるものだが、その、騒動を表沙汰にしようと、画策するビートンが、無性に、腹立たしく、そして、なにやら、レジーナを思って、言い含む素振りが、また、苛立ちを増してくれた。

どうして、素直に、ハッキリ言わないのだろう。まあ、それが、執事、というべきものなのだけど。

なかば、諦めつつ、レジーナは部屋を出た。

「馬鹿みたい、何度、部屋を退室すればいいのかしら」

結局、何も言い返す事なく、追い出される自身に、レジーナは涙が溢れそうになっていた。

ビートンに、バレてしまうのは、癪にさわる。ドレスを握りしめ、どうにか、堪えるが、思えば、これにハサミを入れて、ポンポン飾りを切り取ったりと、ビートンの罠のような、仕掛けに乗ってしまった自分をレジーナは恥じた。

そんなもの、怪しいと思えば、ビートンに確かめさせればよかったのだ。事実、彼は、彼なりに動き、前もって情報を集めていた。そして、余計な情報も広めていた。

してやられたとばかりに、悔しさを感じつつ、レジーナは、階段の一段一段を、しっかり、踏みしめ部屋へ向かったのだった。

「……ビートンよ、ありゃ、分かってねぇなぁ」

レジーナが、出て行った控え室では、マクレガーが、呟いている。

ほらよ、と、リジーへ、ライスプディングをよそってやりながら。

「まあ、しっかりされてますが、お嬢様育ちですからね。私達とは、住む世界が違いますから、どうしても、という所はあるでしょう」

「でも、俺でも分かるのに、なんで、お嬢様は、分かんないですかねー」

ジョンが、ポテトフライを手掴みで口へ放り込み、塩が欲しいと、呟く。

「まっ、明日の朝になったら、お嬢様も、お分かりに成るでしょう」

ビートンは、とくに気に止めることもなく、淡々と答えた。

「あー、ビートンさん、結局、今日のパーツツィーって……」

「おお!そうだ!何があった!ジョン!表側は、騒がしかったし、あの心づけは、なんだ!!」

ディブと、コリンズの企みを見ていないマクレガーは、教えろと、せがんで来る。

「うーん、俺も、やつら、何がしたかったのか分からないんだけど、今日の主宰者とやらは、実は、コリンズだった、それも、かつらまで被って変装してさぁ。連れて来た客は、まさに、パフで、くだまいてる様な野郎ばかりだし」

「だから、言ったろ?結局、なんとか卿は、来れなくなってディブの野郎が取り仕切るんじゃないかって」

結構いい線行ってたな、賭けときゃよかったか、ジョン?などと、マクレガーは、おどけているが、ビートンは、どこか上の空だった。

「悔しいですねぇ、今回のパーティーの、目的を暴けなくて」

「そりゃ、ビートン、お前が、ミドルトン卿を呼び寄せたからだろう?」

「ええ、まあ、そうなりますか。実態を、お見せした方が早いと思いつつ、が、もしものために、ゴシップ紙に、情報を売っておいてよかったです」

「ですよねー、あのままだと、結局、ディブの口車にのせられて、卿は、丸め込まれていたはずだし……」

「そう、ジョン、あなたの言う通り。レジーナお嬢様のせいにするのが、男達にとっては、一番の逃げ道ですからね」

何はともあれ、起こっていることを見てもらえたのだから、それでよしとしよう。とは、ビートンとマクレガーの弁で、ジョンとリジーは、お陰で肉が食べられたと、大喜びだった。