そこまでこじれているとは露知らず、マクレガーは、調理場のオーブンから、ローストビーフを取り出すと、トレーに載せて、リジーの待つ控え室へ向かった。

「ほらよ」

マクレガーによって、ドンと、テーブルに置かれた肉の塊に、リジーは歓声を上げた。

「マクレガーさん、いいんですか!」

「ああ、パーティーは、お開き、ビートンが、切れ端でいいから、パンに挟めと、サンドウィッチを作った。と、いうことは、もう、皆で、食べるためにあるということさ」

「あー、と、それは、サンドウィッチを?」

リジーが、目を細め、何か考えている。

「今、表には、どなたが来ている?リジー?」

「えっと、レジーナ様のお兄様。ミドルトン卿」

「で、ビートンは、ミドルトン卿へ、サンドウィッチをお出しした。ここまでは、いいな?」

念を押すマクレガーへ、リジーは、頷いた。

「つまり、御客様に、メインディッシュをお出ししたんだよ。と、なると?この肉の塊は?」

「余り物?」

ご名答、と、言いながら、マクレガーは、ローストビーフへ、ナイフを突き刺した。

と、同時に、リジーが、驚きの声を上げる。

「マクレガーさん!何!それ!」

マクレガーは、ローストビーフを、ざっくりと切った。

あるべき姿、薄切りの肉ではなく、靴底かと思うほどの、厚切り肉が、取り分け皿に乗せられ、リジーの前に置かれた。

「マッシュポテトは、直接どうぞ。おっと、ヨークシャープディングもあったなぁ」

「あのっ、マクレガーさん!フィッシュ&チップス!」

「お前、食い意地張ってるなぁ」

「だって!今日は、心付けもらえたのよ!ジョンだって!だから、食費に使えるでしょ?」

リジーの弾けた声は、ドアの外へ漏れた。そして、いつもと異なるレジーナの耳に入ってしまう。

ドアを勢い良く開けるレジーナの後ろで、ジョンが、渋い顔をしつつ、マクレガーへ、お手上げと言いたげな視線を送った。

マクレガーも、乱入に近いレジーナの登場に、ナイフを持ったまま立ちすくんでいる。

話は、聞かれた。

レジーナの顔にもそう書いている。そして、どうゆうことなのかと、追及の言葉が続くはず。

マクレガーの読みは、当然当たり、レジーナの怒りは、ここでも爆発した。

「なんなの!その、ローストビーフ!いえ、そこじゃないわ、それは、良いのよ、そうじゃなくって!リジー!あなた、何て言ったの?!」

いきなり、レジーナに、噛みつかれ、リジーは、えっ、と、言ったきり、言葉に詰まってしまった。

「なんでも、いいから、答えなさい!」

レジーナの怒りは、収まるところを知らない。

「レジーナお嬢様、いや、レジーナ夫人、仕事は一段落したんだろう?どうだい?あんたも」

マクレガーが、言いながら、レジーナの為に、厚切りのローストビーフを用意した。

「さあ、座りな。久々の肉だ!何時ものように、くず野菜のスープじゃねえぞ」

「おっと、そうだ!マクレガーさん、今日は、大収穫!」

ジョンが、歩み出て、上着のポケットの中身を取り出し、テーブルに置いた。

「あっ、あたしも」

戸惑っていたリジーも、ジョンにつられて、エプロンのポケットの中身をテーブルに置いた。

「へえ、こりゃーすげーな。くず野菜のスープに、マッシュポテトを添えるとするか」

「いや、マクレガーさん、結局、野菜だけじゃねぇか!」

ジョンの抗いに、リジーも頷く。

「しかしだな、この屋敷は、赤字なんだよ、俺達の食事まで、用意できないほどのな。だから、皆で決めただろ?貰った心付けは、食費の一部にするって」

そうゆうことなんですよ、と、マクレガーに振られ、レジーナは、ますます、わからなくなった。

屋敷が苦しいのは、明白なのだが、それでも、皆、賃金を貰っている。それを、何故か、屋敷の為に使っている、そして、個々の心付けまで、集めているとは……。

「屋敷が、立ち行かなくなったら、レジーナ夫人と違って、俺たちは、行き場がないですよ」

マクレガーが、言った。

「……で、でも、賃金は、毎月払って、いえ、貰ってるのだから……」

言いかけて、レジーナは、息を飲む。

そうだ。

毎月、払っているのは、兄であり、それも、ここが、なんとか、上手く運営できていると、信じているからだ。

もしも、本当の事がわかってしまえば、兄からの送金は、止まってしまい、屋敷の管理も、業者に直接頼む事だろう。もちろん、使用人は、解雇……も、ありえる。

「そう、俺たちには、次が、ないんでさぁ。次の職に就くには、雇い主の紹介状がなけりゃー、話にならねぇ。で、誰が、シーズンに借り手のない屋敷の主の紹介状なんぞ、まともに取扱いますかね、しかも、上位の貴族でもない、田舎の男爵家だ。そんな紹介状、この、ロンドンで、通用するもんかねぇ」

マクレガーは、さあ、食べなさい、と、レジーナへ、ローストビーフを勧めた。

「あー、マクレガーさん、俺のは!」

ジョンが、慌てる。

肉の取り合い状態の騒ぎに、レジーナは、言葉がなかった。

マクレガーの言う通りだ。ここは、ロンドン。職探しも、一苦労。それだけに、紹介状の力が必要になる。しかし、言われた様に、レジーナの家柄では、この街では通用しない。

だから……彼らは、職が無くならない様に、身銭を切っていたのだ。

なんとも、おかしな話だが、でも、そうでもしなければ、次の仕事どころか、住みかも、無くなってしまう。

レジーナは、返す言葉無く、立ちすくんだ。