2階から、降りてくるビートンの声と、レジーナの声が、被った。

「お兄様!」

「これは、ミドルトン卿、お待ち申しておりました」

いったいなんだ、と、いきり立つ紳士に、ディブは、顔をひきつらせつつも、

「ミドルトン男爵、お越しでしたか」

などと、機嫌を取っている。

現れた紳士は、レジーナの兄、ハリー・ミドルトン男爵だった。

「あっ、あの、今日は、シーズン初の借り主様が、パーティーを開く予定で……」

「で、こんなごろつきが、集まっているのか!」

妹、レジーナへ、ミドルトン卿は、ピシャリと言った。

「お兄様!その様な言葉遣いは、お控えください」

「いんやぁ、旦那様の言う通りでさぁ」

「あたしも、そう思う」

許しも無しに、鈍り丸出しで、ジョンとリジーが、同意の言葉を述べている。

「旦那様、こりゃ、あんまりです」

まだ、喋り続けるジョンに、ミドルトン卿は、黙って耳を傾けている。

「リジー!そこの、コリンズさん、いや、プルフェィン卿の、もうひとつのお帽子を預かれ!」

「え?」

ジョンに半ば怒鳴り付けられた、リジーは、目を丸くする。

そもそも、プルフェィン卿は、紳士の嗜みである、帽子を被っていなかった。その時点で、パーティーの主催を担おうなど、失格であるのに、大きな顔をして、招待客より遅れても来ている。

「あー、だから、これだって」

ジョンは、意図を掴めないリジーに苛立ちをみせながら、さっと、プルフェィン卿の前へ立つと、その頭から、かつらを剥ぎ取った。

「だんな、部屋の中じゃー、帽子を脱ぐのが、紳士でさぁ、それも、できねーあんたは、やっぱり、エセ紳士なんだよっ!」

「心付けも、なかった!」

リジーが、思い出したかのように、悔しげに言う。

「いや、それは、私が、渡したろう?」

ディブが、ひたすら、慌てている。

「うわっ!!!」

更に慌てるのが、プルフェィン卿だった。

頭に両手を乗せて、被っていたかつらが、本当に、剥ぎ録られたのだと、確認しているのかなんなのか、ひたすら、ああ!!と、叫んでいる。

「……なんだね、コリンズ君。仮装パーティーにでも、出かけていたのかね?」

ミドルトン卿が、冷ややかに言う。

失態どころかの姿を曝されてしまい、もはや、プルフェィン卿は、コリンズに、戻るしかなかった。

「とにかく、事情を聞かせてもらう。さあ!もう、こんな、茶番は終わらせてくれ!」

ミドルトン卿の気迫に押され、ディブは、連れてきた紳士達を追い出した。

「なんだ、おい!」

「話がちがうぜ!」

ブツブツ文句を言う男達を、ディブは、また後で、と、機嫌を取りながら、玄関ステップで見送っている。その後を、リジーが、皆のくたびれた帽子を抱え追いかけていった。

「ディブ様、皆様へ、帽子をお渡ししました」

エプロンのポケットを見せるリジーに、ディブは、ふたたび渋い顔をした。

「ジョン、コリンズさんを見張りなさい。リジー、お茶の用意を。私は、着替えて参りますので、暫し、お時間を頂けますでしょうか」

ビートンが、リジーへ指示を出し、自身は執事らしいお辞儀をミドルトン卿へ向けて行った。

「で、では、お兄様、ひとまず、手前の間で……」

本来の、来客用の応接室は、談笑できるよう、主だったテーブルや椅子は、片付け、パーティー様に整えてある。

じっくり腰を下ろして、話す、には、手前にある、レジーナが、お茶の時間に使う、日常使いの部屋しかなかった。若干、狭くはあるが、致し方ない。

「さあ」

と、レジーナは誘い、ビートン、リジーは、それぞれの役目の為に消え、ジョンは、コリンズを小突いた。

「まったく、すべて、話してもらうよ!」

ミドルトン卿は、仲間内の見送りを済ませたディブを睨み、つかつかと、手間の間へ歩んで行った。

小言の始まりを予感しつつ、レジーナは、兄の後を追いながら、ディブを睨み付けた。

レジーナの声かけに、応じるようにジョンが、

「ディブ様、コリンズさん、どうぞ奥へ」

逃がすものかと、これまた、睨み付けた。

「あ、あー、ジョン、これを」

コリンズが、ジョンのポケットへ、紙幣をねじ込んで来る。

「……他に、まわらないと行けない御屋敷があって……」

逃がしてくれと、コリンズは、言いたいようだが、ジョンはすまし顔で言った。

「あれ、プルフェィン卿、他の御屋敷でも、パーティーを主催してんですか?じゃあ、お帽子をお返ししなきゃあなぁ」

コリンズの鼻先に、かつらが、突きつけられた。