「……なるほど。確かに、言われて見れば、月は、姫君、あなただけを、見ている」

空に昇るは、上弦の月。

満月を待ちわびる月の明かりは、明るさに満ちているのに、不思議なことに、庭は薄暗く、二人して座っている階《かいだん》が、いや、姫のみが照らされていた。

「……呼ばれているのですね？月に、姫君、あなたの故郷に」

帝の、柔らかな物腰に甘えるかのよう、姫はその胸にしがみつくと、泣きじゃくった。

「帰りたくない。いやだ！いやなのです！どうして、今更、月になど！」

──やはり、姫はこの国の者ではなく、月の住人。その故郷である月へ、連れ戻されようとしている。

帝が、起こっていることを理解しようとしている間にも、姫は、ひたすら泣きじゃくり、月に呼ばれて恐ろしい。と、怯えていた。

「大国(おおくに)！」

帝は、控えているだろう、中将を呼んだ。

「急ぎ戻る。そして、人を集めよ！」

月からの迎えを、阻止しろと、帝は、中将に命じたのだった。

腕の中で、怯えている姫を救えるのは、自分しかいないと、帝は覚悟を決めたのだ。

この国の威信をかけて、姫を守る。故郷からの迎えという、喜ばしい話であるのに、ここまで心を乱されているということは、姫にとって、月とは、安らぎの場所ではないのだろう。

帝は、姫をしっかり抱き締め、

「ご安心を。必ず、月からの迎えから、姫をお守りいたします」

と、優しく声かけたのだった。

──そして、今。

月光は、陽光の如く、屋敷へ降り注いでいる。

いくら満月であるとはいえ、この異常な明るさに、屋敷を取り囲む随身《けいび》達は、帝からの勅命の意味を噛み締めた。

たかだか、一介の姫に、なぜ。と、命を受けた時は思ったが、いざ、かぐやの姫とやらの屋敷に赴くと、天の乱れと思えるほど、ありえない月明かりが差し込めていた。

皆、これから起こるだろう事を感じ取り、黙って弓をつがえると、夜空を睨みつけていた。

──確かに、何か、が、月から降りてくる。決して、踏み込ませてはならない、何かが。