月の明かりを頼りに、帝は、中将の馬に相乗りして、姫の元へ駆けていた。

帝のお姿がないと、騒ぎにならぬよう、中臣房子(なかとみのふさこ)を夜伽に召される(ごと)で、周囲を欺いた。

すべて、中将の機転から。

中臣房子は、口煩い女房であるが、それは帝への忠誠心からのもの。そこを突き、たまには、息抜きと、帝が中将の屋敷へお忍びで運ばれるのを望まれている。戻るまで、なんとか誤魔化してくれと、中将が丸め込んだのだ。

こうして、万全とも言える運びで、帝は、宮中から抜け出したのだった。

忍ぶ二人を乗せた馬は、駆け続け、姫の屋敷へ到着する。

中将は、時が無いとの焦りから、馬を繋ぐことも忘れ、帝を姫の部屋を望める中庭へ案内した。

すると、誰か知らせていたのかと思うほど都合良く、姫が縁側で空に昇る月を、どこか寂しげに眺めていた。

月の光に照らされる、憂いある姫君の姿は美しかった。

帝は思わず駆け寄った。

その物音に、姫も気がつき、あっと、声を上げると、庭へ降りる、(かいだん)を駆け降りる。

帝も、引かれる様に、階を駆け昇る。

二人は、階の中頃で、どちらからというわけでなく手を差し伸べ、しっかり抱き合った。 

そのまま腰かけ、帝と姫は、久方ぶりの逢瀬にふける、恋人通しの様に互いの温もりを確かめあったが、つと、姫が、

「なぜ、この様なことを?」

と、帝へ問った。

「姫君のことを思って。一人お悩みのようでした。私は、それが、耐えられず、このように……」

中将の従者となって、馳せ参じたと言った帝の言葉に、姫は涙する。

「……帰りたくないのです。ですが、月が、私を呼ぶ。何故か分かりませんが、時が満ちたと、月が語るのです」

姫は、更に涙した。

帝は、流れる涙を指でぬぐうと、姫の体を、いっそう強く抱きしめた。