羽衣は、突如光を放った。

余りの目映さに、中将含め、場にいる者達は目を瞬く。

が……。

皆の記憶は、そこで途切れてしまった。

「……さようか」

御簾(みす)の向こう側から、静かな声が流れて来た。

宮中に戻った中将は、事のあらましを帝へ報告したが、肝心な所が、思い出せなかった。

正気になった時には、女達が奏でる楽器の()と共に、羽衣を羽織った姫君が、雲母に乗って天に向かっていたのだ。

泣きじゃくり、怯えていたはずの姫は笑顔をうかべ、流れる不思議な曲に耳を傾け喜んでいた──。

「姫は、月へ戻られたのか。涙されていたのは、この国が、まだ未熟だからかもしれないな……」

喜ばれていたのなら、それで良いと、帝は、中将率いる随身(けいご)達の失態に、怒ることはなかった。

計り知れない力が働いたのでは、仕方ない。その様な力を、取り入れられない、未熟な自身が悪いのだと、帝は、自分を責めた。

その言葉に、中将は、涙しながら、文を差し出す。

いつの間にか、懐に入っていた物で、姫からの文に違いないと、言葉を添えて。

 今はとて(あま)の羽衣
 着るをりぞ
 君をあはれと思ひ出でける

「……なるほど、羽衣を羽織ると、ここの事を忘れてしまうのか。月の世界の事しか、頭になくなる。それでも……」

帝は、言葉を詰まらせた。

──あなた様への思いは、忘れとうございません──。

最後に詠われていた、姫の心に、帝は頷くと、

「離れてしまったが、姫が心安らかに過ごされるなら、それが、一番だ……」

消え入るような声で述べ、帝は、静かに、奥へ移った。

残された中将の頬には、更なに涙が伝っていた。

それを見守るよう、どこからか、柔らかな月明かりが、差し込んで来る。

「ああ、姫君か。どうか、帝の元へも……」

中将は、明かりに向かって、独り呟いた。