屋敷を囲む築地塀の上に千人、屋根の上にも千人、弓矢をつがえた随身(けいご)達が待機しながら、夜空を見上げている。

帝から遣わされた、これ程のものは、一人の姫君を守る為だった。

公達からの求婚に、姫が、ことごとく断りを入れていたのは、この日を迎える事が、わかっていたからなのかもしれない。

ふっと、皆の脳裏をかすめたが、これは、ひょっとして、夢ではなかろうか、とも思っていた。

──天の月から迎えが来る。あちらへ、戻らなければならない──。

姫は、泣いて、育ての親である、翁と婆女を戸惑わせる。

姫の光り輝く美しさを目にしてしまった帝は、それを聞き、戻してはならない。迎えを追い返せ。と、命じた。

天からの使いを、当の姫君は嫌がっている。帰りたくはないが、仕方がないと、涙する。

では、その迎えを追い払えばよいではないか。そうすれば、姫は、静かに暮らすことができるだろう。

それが、帝のお考えだった。

確かに、天から下ってくる者など、人であって人でない。邪気にまみれているかもしれない。

弓を構える随身達も、受け入れてはならないと、姫を守ろうとしている。

空に昇る月が、輝きを増していった。

中秋の名月であるはずなのに、月に見惚れる者はいない。

屋敷は、数千の随身に取り囲まれているのに、物音一つしなかった。

野の虫達も、可憐でか細い鳴き声を発することは無い。

周囲は、何かを察して息を潜めるかのように、沈黙ともいえる静かさを保っていた。