「でも! 甘い物を欲していたのは本当で、美味しいと感じているのも本当……」


 心地よい風が吹き抜けるオープンテラスでお茶をしていた私たち。

 もちろん貸し切りという特別待遇なんて、今の私たちには縁遠い。

 多くの人で賑わう喫茶店で、私とクラレッドは互いの額を重ね合わせる。


「な……何を……」


 こんなにも顔を近づけてしまったら、クラレッドの瞳を見ずにはいられなくなる。

 瞳を見つめることは、こんなにも恥ずかしいことだったということを思い出す。

 ロメウド様と過ごした日々のことを、思い出す。


「ほーら、熱がある」


 人目も気にせずに何をしているんですかって、そんな言葉を返すつもりだった。

 でも、恥ずかしい。

 いろんな感情が混ざり合っている私に対して、クラレッドはとても落ち着いた様子で店を出る準備を整え始める。


「悪い、気がつかなくて」

「……クラレッドは……お医者さん?」

「ううん、魔法使いだよ。整骨士っていう、骨専門の治癒……って、そういう話をしている場合じゃなくて!」

 
 クラレッドに背負われながら移動することに抵抗を示したものの、熱のある体で抵抗を続けるのはとても難しかった。


「……朝から、治癒魔法……いっぱい使って……」

「それが聖女様の仕事だから、ディアナは何も悪くないよ」


 クラレッドは宿屋に着くまで眠っていてもいいって言ってくれたけど、もしもクラレッドが極悪人でまったく別の場所に連れて行かれるかもしれないと訴えることでクラレッドは私との会話を続けてくれていた。


(本当は……悪い人だなんて思ってもいないけど……)


 クラレッドのことを疑って、眠らないんじゃない。

 私のことを介抱してくれるのが申し訳なくて、言葉を交わすことでクラレッドの気を紛らわせてあげたい。

 これは、そんなことを思っての会話。


「それで……クラレッドから逃げるときに汗をかいちゃったんだと思う……」

「はいはい、俺が悪かったですよ」

「うん……クラレッドの罠に……はめられちゃっ……」


 最終的には、歩くたびに訪れる適度な揺れの誘惑に負けてしまった私は意識を失ってしまう。


『ディアナの手は、人の命を救うためにあるんだね』

『人の命を救うなんて……そんな大それたこと……』


 夢の中で、元婚約者のロメウド様と会った。

 夢の中に出てきたのはクラレッドじゃなかったところが薄情な気もしたけれど、夢を操作することのできない私はロメウド様との会話を続けていく。


『生涯をかけて、君のことを護り抜く』

『…………ありがとうございます』


 ロメウド様のためなら、この命すら惜しくないと思っていた。

 私の命を捧げることで、国民の命は救われる。

 国民の命を救うことに、私の存在意義があると信じて疑わなかった。


『私も……』

『ん?』

『この身すべてをロメウド様に捧げることを誓います』


 夢の中で、私は泣いていた。


『ありがとう、ディアナ』


 そして、夢から目覚めた私も泣いていた。