(たった今から、無職……)


 聖女という立場を退いたからといって、別に治癒魔法が滅んだわけでも自分の中から消滅したわけでもない。

 職には困らないとは思うけれど、私は聖女としてお勤めしていたこともあって世界中に顔が知られてしまっている。


(そんな私を雇ってくれるとことがあるのかな……)


 婚約破棄をされた理由。

 聖女を解雇された理由。

 根掘り葉掘り聞かれることは間違いなく、そのたびに私は雇用主の顔色を窺わなければいけなくなるのかもしれない。


「とりあえず職業案内所(ジョブ・ガイド)……」


 なるべくフードの布を引っ張って、見えそうで見えない顔を必死に隠しながらルトツィアという名前の街を訪れた。

 思わず噛んでしまいそうな名前の街に戸惑いながらも、私は職を求めて職業案内所(ジョブ・ガイド)に足を運ぼうとすると……。


「ディアナ・コートニー!」


 街の人たちに知られたくない自身の名前を大きな声で叫ばれてしまう。


「声、大きい……です……」

「ん?」


 話しかけてきた男性の声はとても大きかったために、周囲がざわつき始めるのも早かった。

 辺りの騒がしさが私の声をかき消してしまって、男性に伝えたい言葉が伝わらない。


「ディアナ・コートニー!」


 諦めた私は男性を無視することを決め、改めて自分が目指す場所に向かって歩を進め始める。

 そんな私のことを理解することもなく、男性はしつこく私の後を付いてくる。


「ディアナ・コートニー」

「…………」


 こっちは速足で進んでいるつもりでも、脚の長い男性はなんの苦労もなく私に追いついてしまう。


「俺との間に子を授かってくれないか……」

「気持ちが悪いです……」


 だ・か・ら!

 私は出産に耐えうるだけの体力がないんですよ!

 初対面の男性に最も不快な求婚を受けた私は、安全な場所に身を置こうと足を急がせる。


「こほん、失礼」

「……何が失礼か分かっていますか?」

「えー……まずは、城から出てきたディアナの後をつけたこと……」

「犯罪です……それはもう、犯罪の領域です……」

「そんな差別的な目で見ないで……」

「見ないので、さっさと私の視界から消えてください」


 こっちは速足で進んでいるはずなのに、脚の長さが違うだけですぐに追いつかれてしまうなんて理不尽極まりない。


「俺は、君を助けに来たんだ」


 足を止める。

 不審者の前で足を止めるのはいけないことだって両親から習ったような気もするけれど、私は変態の前で足を止めてしまった。


「世界を滅ぼすほどの力を持つ魔女……ディアナ・コートニー」


 クラレッド・ヴェスパルとの出会いは、偶然が重なって導かれたもの。

 本来なら、私たちは出会うことのなかった存在。

 出会ってしまったことを運命と呼んでしまうのは簡単。

 でも、きっと、私たちが出会えたことは運命だったんじゃないかなって思う。

 まったくの縁もゆかりもない同士だった私たちは、このあと親交を深めていくことになるのだから。