「私の恋は、いつだって愛がない……」


 森の奥に向かえば向かうほど、太陽の光が差し込まないように木々の葉っぱたちが邪魔をしてくる。

 薄暗くなってきた森の片隅で、私は自身の男運のなさを嘆く。


「はぁ……」


 どうせ夫婦になった途端に、魔法図書館の所有者を変更するに決まっている。

 名義を変更したあとは、婚約破棄。

 そして私は、関わってもいない猟奇殺人の罪を被せられる。

 そしてそして、私は死罪を迎え入れる。


(我ながら、たくましい妄想力……)


 3回も同じ人生を経験していれば、妄想が現実になってしまいそうで怖い。

 4度目の人生は、婚約者の手で死刑宣告を迎えることになるらしい。


「このまま逃亡……って、お金がない……」


 死刑を回避するために祖父母の遺産を手放したところで、世間の上辺しかしらない令嬢が新しい人生を歩み始めるのは恐らく難しい。


「結局、食べる物がなくて死んじゃうんだ……って!」


 どこを歩いているか分からなくなるような森の中をひと通り歩き、起こるかどうかも分からない妄想を繰り広げた私の前に1輪の花が視界に映る。


「この間ここに来たときは咲いていなかったのに……」


 とある時代の日本に転生したときに見かけた菫色の花。

 相変わらず名前を調べようとしなかったのは私らしいと思いつつ、私は懐かしい花との再会に心を弾ませた。


「こんな光も差さないところで、よく頑張ったね」


 光と水のない場所では、植物は育たない。

 けれど、私に色鮮やかな世界を魅せてくれた1輪の花は命を咲かせることができた。


「あなたに励まされちゃったね」


 1輪の花ですら頑張っているのに、人間の私が頑張らないでどうする。

 無一文から始まる異世界生活だって、経験してみなければ生き抜けるかどうかなんて分からない。


「よし、逃亡しよう……」


 新しい人生を歩む決意が生まれた瞬間、私の体に異変が起きる。


「なんだか……眠くなって……」


 家庭菜園のために規則正しい生活を送っている私が、睡眠不足に陥るわけがない。

 急激な眠気の原因は何かって考えたら、自分が用意したはずのお茶にこっそりと睡眠薬が混ざっていたのかもしれない。


(やっぱり婚約者なんて、碌な存在じゃ……な……い……)


 誰にも見つけてもらえないような森の奥で気を失った私は、祖母からもらった大切な衣服を地面の泥で汚してしまった。

 令嬢が着るような可愛い服ではないけれど、祖母からもらったお気に入りの服は泥に塗れてしまった。