「食事が済んだら、僕は……」

「婚約者だからって、同じ部屋では寝ませんからね」


 シルヴィンが箸を使い慣れていないことをいいことに、私はどんどんお肉を追加して熱の通った美味なるお肉を食していく。

 今度は焼き豆腐を作ることができるように、大豆を育てた方がいいかもしれない。


「誘拐事件への関与を否定するための材料を、僕は持っていない……」

「助けてくれたから……」

「ローレリア?」

「私のことを助けてくれたから、シルヴィンのことを信じる」

「…………」


 今まで歩んだ人生の中で、婚約者が私の命を救いに来るという展開は起こらなかった。

 けれど、今回の人生で私は初めて婚約者に命を救われた。


「全部が全部、僕が仕組んだことだとしたら……」

「そういう可能性を全部考えた上で、婚約は破棄しないという結論に至りました」

「お人好しにも程が……!」

「はいはい、お人好し令嬢ですよ」


 その事実だけは、認めなければいけない。


「ほら、シルヴィン。ちゃんと野菜も……」

「護ります」

「嫌いな野菜は?」

「今度こそは、ローレリアの命を護ってみせます」


 婚約者兼護衛。

 素敵な言葉の並びに心をときめかせそうになったけれど、シルヴィンばかりが重い称号? 関係? を背負っていくような気がして、私はシルヴィンの話を適当に流していく。

 
「ときどき、お肉を差し入れてくれる婚約者をやってくれたらいいよ。私は魔法図書館以外に資産のない令嬢だから……」

「護らせてください、ローレリアの命を」


 これが物語の世界だったら、とても素敵な告白の場面に見えるかもしれない。

 けれど、私とシルヴィンの視界には、ぐつぐつと煮込まれていくすき焼きが映り込む。

 ちっとも物語らしくない光景に、私は笑い声を漏らしてしまった。


「ローレリア! 僕は真剣に……」

「ふふっ、ははっ、早く食べちゃおう? シルヴィン」

「…………いただきます」

「はい、召し上がれ」


 私が生きる世界は、物語のように甘く優しくできていない。

 でも、私たちの関係は明日も続くことになった。

 私にも、シルヴィンにも、明日に繋がる物語がある。

 明日以降も、私たちには語る物語があるということ。