「確固たる証拠がないだけで、本当は分かっています! 分かっていますからね!」

「俺が前世で勇者だったら、どうするんだ?」

「……明日から、ぎっとぎとの油を仕込んだ食事をお持ちします」


 地団駄を踏むどころか、ドレスの裾を踏んでしまった。


「前世が魔王なら?」


 躓きそうになった私に気づいてくれたのは、もちろんローレッド様。

 床に体を打ちつけることのないように手を差し伸べて私を支えてくれたのは、もちろん……。


「……ローレッド様の腕の中に飛び込みたいです」


 前世では、愛しい人と視線を交えることすら恐れ多いと思っていた。

 それなのに、私が転生した世界では愛しいと見つめ合うことを許されている。

 愛しい人に触れることを、私たちは許してもらうことができた。


「ん、じゃあ遠慮なく」


 私は腕の中に飛び込みたいと言ったのに、私はローレッド様に引き寄せられるかたちで抱き締められた。


「転生してくんの、遅すぎ」

「そんなこと言われても……」


 悲しいとき、涙を零したことがある。

 悔しいとき、涙が零れたときがある。

 苦しいとき、もう涙は溢れてこないものだと知った。


「こっちはアリアナが死んでから、何度も転生したと思ってるんだよ」


 そして今、たくさんの幸せをもらうと人は涙するものだと知る。


「ずっと探してた」


 私を抱き締める腕に力が込められ、より近くで愛しい人の熱を感じる。

 熱くて、暑くて、頭の中が可笑しくなってしまいそうになる。

 それだけ高い熱に、私は優しく包み込まれる。


「あ……あの……ローレッド様……」

「ん?」

「お化粧が酷いことになっちゃいます……」

「雰囲気ぶち壊しすぎだろ」

「だって……」


 もっと、もっと、愛しい人の熱が欲しかった。

 けれど、受け取る愛情の許容量を超えた私はローレッド様の腕の中で暴れ出す。

 これ以上ローレッド様の熱を感じていたら、私は2度とローレッド様の傍を離れられなくなってしまう。


「待たせた責任、とってもらうからな」

「お化粧を直したあとなら……」

「意味分かって、言ってんの?」

「え……あの……」


 遠い世界の、遠い時代で、魔王様に恋をした魔法様の配下がいました。


「ローレッド!」


 配下の恋は実ることがなく、魔王の配下は魔王の配下らしく勇者に命を奪われてしまいます。


「あー……邪魔者が来た」

「え? え? どなたですか……?」

「ローレッド、彼女を解放してもらえるかな」


 そして長い時間をかけ、勇者様と魔法様。

 そして、魔王の配下は再び同じ世界の同じ時代で巡り合うことになりました。


「なんで、おまえの命令を聞かなきゃいけない……」

「久しぶりだね、フェミリア」

「え……え……?」

「覚えていない……かな」

「おい、無視すんな」


 これは、とある世界の異世界転生物語。

 何度も何度も転生を繰り返した勇者様と魔王様。

 そして、ようやく人間に転生できた魔王の配下()

 私たちが幸せになるための異世界転生、開幕です。